五新線の魅力を探索しよう!
幻の五新鉄道 説明板
和歌山県新宮市の紀勢本線新宮駅を結ぶ計画線でした。
五新鉄道未形成線の遺構です。
スポンサードリンク
光接院跡の巨松
宝永元年創建の歴史深い家。
中家住宅
宝永元年(1704)に建てられました。
スポンサードリンク
日本最古の建物、栗山家住宅へ!
栗山家住宅(市指定文化財)
建築年代の判明している民家として日本最古の建物です。
岡西山城跡
スポンサードリンク
飲料水では無いみたいです。
雨主井戸湧水場
飲料水では無いみたいです。
松倉豊後守重政之碑
山田集落の隠れ家、魅力満点!
磐座の森の碑
山田集落の集会所の裏手にひっそりと佇んでいます。
鎮国寺跡
南朝三帝 賀名生皇居跡碑
天誅組首洗いの石手水鉢
五條代官所跡
今井1号墳
昭和の晴れやかな歌碑を。
昭和天皇大和巡幸奉迎記念歌碑
この巡幸中に天皇によりサンフランシスコ講和条約が認証されたからか歌にも晴れやかさが伺える。
森田節斎宅址
圧倒的な物量!
藤岡家住宅
圧倒的な物量。
想像以上の広さ、資料の数々に驚きました。
日本最古の民家、栗山家住宅。
栗山家住宅(国指定重要文化財)
栗山家住宅は「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されたのどかな場所にあります。
慶長12年(1607)の棟札が見つかっています。
井上内親王の静けさと紅葉。
井上内親王 宇智陵
井上内親王の生涯について知ってから来たほうがよいのかも。
呪詛やら祟りやらと恐れられた井上内親王ですが今は五條の(ド)田舎で静かに眠っておられる模様。
雰囲気抜群の旅館跡で非日常を。
昭和館
どんとした佇まいの旅館跡です。
もう休館です。
井上内親王陵、見晴らし抜群!
他戸親王墓
井上内親王の御子さま「おさべ親王のお墓」です。
後方が墓地に囲まれた小ぢんまりとしたお墓。
榮山寺途中の涼やかな隠れ家。
宇智川磨崖碑
汗が一気に引きました。
木の説明板の右横から下に降りる狭い階段があります。
五新線遺構のバス停跡探訪。
旧国鉄五新線 遺構
五新線(未成線)の遺構です。
新しく 出来ましたかw昔は、国鉄バスが通っていました。
親切な案内で魅惑の古墳探訪。
南阿田大塚山古墳
車を使わないと行けないかな。
6世紀前半の帆立貝式古墳形。
明治維新の魁、五條市の魅力。
明治さきがけの地(大和五條)
明治維新発祥の地が五條市にあったとは知らなかったです。
路過看到!
ここから始まる感動の瞬間!
天辻峠
ここから始まったのかと考えると胸熱です。
自転車で行ける昔の味。
五條猫塚古墳
遠い昔に自転車で訪れました。
投稿されていた方々の口コミが場所ごと消去されていました。
金剛ハロー号を探して!
蒸気機関車 SL 78675
2016年1月27日訪問🚂8620形78675号機は【金剛ハロー号】という愛称がついています🚂このSLが展示されている史跡公園の近くには五新...
晩年和歌山線で活躍した8620。
五條市の廃校マニア必見!
旧:篠原小学校
篠原までは今も五條市のコミュニティバスで来ることができる。
たまたま通りすがりwwちなみにこの近辺は廃小学校が沢山あるのでマニアさんにはおススメですねぇ。
神武天皇の舟が着いた地。
天磐舟石
神武天皇は軽装で吉野地方を巡見したと「記紀」にあります。
神武天皇の舟がここに着いたという伝説があるんだそうです👩あまりパワーを感じませんでした~😅
石垣に囲まれた歴史旅。
島野代官所跡
石垣、土塀などが残っています。
今では石碑があるのみです。
五新線遺構に触れる特別な時間を!
旧国鉄五新線遺構
五新線遺構R 24から続く跡地は橋脚がオブジェのように佇んでいる。
こちらにも五新線遺構があります。
径10メートルの謎円墳、発見せよ!
大阿太9号墳(コンピラ古墳)
築造年代不詳の径10メートルの円墳。
本陣交叉点の道標石。
五條の道標
本陣交叉点の片隅に追いやられた様に立つ道標石。
はっきりと文字が確認できます。
五新線の足跡を感じて。
旧国鉄五新線(遺構)
和歌山県新宮市の紀勢本線新宮駅を結ぶ計画線でした。
2020に投稿済投稿が消えたので再投稿。
17世紀の歴史、 西田家住宅を訪れよう!
西田家住宅
江戸時代前期(1615年~1660年)に建てられました。
紀伊半島、大災害からの復興。
大塔復興の灯火
2011紀伊半島大災害からの早期の復興を願います。
和歌山の森で見つけた癒やしの場所。
万葉歌碑(巻1-55)⑫
西側に奥まった和歌山県側の森の中にありました。
白いフェンスを抜けて、古墳へ冒険!
近内丸山古墳
道路沿いにある白いフェンスが開いていて古墳にいけました。
集落南側で快適駐車!
コウモリ塚古墳(南阿太第4号墳)
車は集落の南側の広い道路に止めた方が良いでしょう。
五条新町の歴史が息づく街並み。
柿本家住宅
五条新町は中世に起源をもつ五條村と慶長13年(1608)に二見城主松倉重政が二見村の一部に振興策として建設した城下町の新町から成ります。
スポンサードリンク
