藪をかき分け歴史を感じる。
大堀山城
藪をかき分けて入らないとわかりません。
次第に周囲の開発によって破壊されている。
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唯一無二の坂の謂れを探そう!
ハケの坂
坂の謂れなどを示した看板などは特に見当たらない。
嘉元4年建立の巨大青石塔婆。
嘉元の板碑
嘉元4年(1306)に建てられたとても大きな青石塔婆です。
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江戸時代の遺構、上喜蔵河岸探訪!
粕壁宿 上喜蔵河岸石垣跡地
江戸時代の粕壁宿(かすかべじゅく)の船着場「上喜蔵河岸(かみきぞうがし)」の遺構です。
石垣がどこに有るのか分からなかった。
ふるさとの森で、静かなひとときを。
伊奈町小針神社社叢ふるさとの森
静かで広くてとても良かったです。
貴重な緑を私達が手で守り、次代に伝えようと、この社叢が、「ふるさとの森」に指定されました。
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農村公園すぐ、大切にしたい気持ち。
赤沼古代瓦窯跡
掘っちゃったらそれまでだけど、大事にしたい気持ちが伝わる。
農村公園から歩いてすぐです。
ひっそり佇む石碑、茶摘み機の魅力。
高林謙三翁 桑田衝平翁 兄弟誕生の地の記念碑
茶摘み機?
ひっそりとたたずむ、立派な、石碑ですね✨
新川の守り神、心を癒す場所。
塞神(熊谷市 新川)
村の守り神として祀られていたものと思われる。
森家土蔵・古蛙庵
古墳群に秘められた歴史の魅力。
美里町生野山古墳群
縄文時代から続く血筋で筑波山麓の豪族の出身だったんです。
「腰かける巫女 」実はこの古墳群からの盗掘品だと言う事実。
新宿共同霊地で心を癒す。
阿弥陀三尊図像板碑
東松山市の六反町児童公園の北隅に、新宿共同霊地があります。
猛暑にぴったり!
白子宿と川越街道石碑
地元の歴史や子育ての雰囲気が感じられてる和んだ近くにパンの工場直売所もあるのでそこで買ったパンを食べても良いかも。
鴨が飛び立つ、心和む池。
弁天様
鯉が跳ねたり、鴨が飛び立ったりなかなか楽しいです。
ロードバイクにて所沢七福神巡りの道中に立ち寄りました。
初めての旧吉田町探索!
旧武毛銀行本店
旧吉田町の市街地には初めてきました。
近く通ったついでに見て来ました。
北本市の天然記念物、石戸宿の天神社。
天神社のムク
北本市指定の天然記念物です。
石戸宿の天神社に有ります。
昔を感じる大宮宿の椎ノ木。
土手町の椎の木
昔はここまでが大宮宿だった様です。
椎ノ木が二本。
宮地お囃子連で夜のひとときを。
鴻巣市宮地古墳
宮地会館の裏側にります。
宮地お囃子連 ほぼ隔週 夜 やってます。
下南畑氷川神社前で見つける。
山形樋管
申し訳程度に残されています。
下南畑氷川神社の道路向かいにあります。
今じゃちょっと特別な体験を!
伊勢塚遺跡
今じゃ何もありはしません。
道路工事現場の発掘で方形周溝墓が5基発見された。
宿谷の滝へ続く、県の文化財!
山根六角塔婆
一枚無いのは、なぜ?
県の文化財です。
埼玉の史跡、古墳の隣で発見!
大堺2号墳
こちらも埼玉県指定史跡に認定されています。
民家の隣に立派な古墳があります。
ジョギング途中でも見つかる、隠れスポット!
上江橋由来碑
場所がかなり分かりにくかったです。
8月にこの前をジョギングで通った。
京都からの歌声、文明の足跡。
道興准后歌碑
室町時代に京都からここまで巡遊にきて歌を残した、、、とのこと。
文明の足跡、と言うと。
歴史を感じる時代の流れ。
茨島一里塚跡
いろいろな歴史あり😀
日本橋から11里目の一里塚の跡。
御嶽山墓石群
福昌寺の裏、魅力満載!
帯刀23号墳跡
福昌寺の裏側です。
延享三年の歴史を感じて。
水判土の庚申塔
延享三年 九代将軍徳川家重のものですね。
警察の看板に隠れて気づかない庚申塔です。
江戸時代の高札を感じる。
高札場跡
幕府の知らせを伝える板、高札(こうさつ)があった場所です。
木々に囲まれた静かなひととき。
大御堂9号墳
周りは畑でここだけ木が生い茂っています。
殉国英霊塔
歴代住職の墓所で心静まる。
歴代塔所
歴代住職の墓所。
圧巻の巨大石碑が待つ!
新方領耕地整理記念碑
かなりでかい石碑がたっている。
意外な鎌倉街道の魅力。
鎌倉街道 標柱
ここが鎌倉街道だなんて。
もう少し詳しい案内だったらな。
阿弥陀堂近くの美しい青石塔婆!
阿弥陀堂跡
阿弥陀堂の墓地にある青石塔婆は凛とした美しい板碑です‼️
弁天沼から少し登った所に有ります。
福昌寺古墳の静けさを体感。
帯刀24号墳
こちらは整地されて駐車場になっています。
解説板で楽しむ、新たな体験。
四ツ山城跡 解説板
解説板です。
NHK川口第一ラジオ放送所北送信塔跡
榎本牧場裏手の古墳を探求!
殿山古墳
特にこれと言った物は無いです。
榎本牧場の裏手にあり、入口がわかりにくい古墳。
戸田城の歴史を感じる場所。
戸田城跡
ここに戸田城が「あったであろう」場所。
との話もあるくらいなのだが、ここにはそれを遺すような史跡は何もない。
道標と歴史の隠れ家。
普門院の庚申塔
左から「元禄八乙亥天十月吉日」「宝歴六子三月(欠損)」「延宝四年辰十一月廿日」真ん中のものは道標になっていたようだ。
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