清先の墓所と顕彰碑。
頼杏坪撰書并題額楢園先生之碑
敬業館教授小寺清先の顕彰碑です近くには清先の墓所があります。
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歴史を感じる大正六年の道標。
楢原の道標
大正六年(1917)建立された道標右面「大正六年 春」正面「(右指差し手形)神戸大坂/(左指差し手形)岡山廣島 道」左面「(左指差し手形)せ...
美濃屋与治右衛門の歴史を感じる場所。
東美濃屋小路
美濃屋与治右衛門の屋敷があったことが由来と言われています。
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母校の忠魂碑、心温まる場所。
加美地区忠魂碑
母校にある忠魂碑です。
2個の礎石が語る、歴史の足跡。
備中国分尼寺 講堂跡
2個の礎石が残っています。
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礎石の歴史を感じる場所。
鬼ノ城 礎石建物跡
礎石がありますが配列がいまいちわかりにくい。
礎石が残っている。
教積院への静かな林道散策。
須恵器窯跡
穴は見えなかった。
教積院に至る林道にありますが草木が繁り遺構の確認は難しいです。
笹ヶ瀬川を見ながらのひととき。
備前・備中国境標石
笹ヶ瀬川から2本目の標石です。
江戸幕府が残した教育の証。
久世教諭所(典学館)跡
江戸幕府代官早川八郎左衛門がこの地の民の教育の為に建設した。
歴史のロマンが息づく空間。
後醍醐天皇[口漱ぎの泉]
全く整備されてないところに歴史のロマンを感じます。
高木庵境内に眠る橘辨吉の魂。
故陸軍歩兵一等卒橘辨吉碑
高木庵境内にある旧日本陸軍橘辨吉歩兵一等卒の墓です。
穴場中の穴場、ぜひ訪れて!
蒜山美田野桜
穴場中の穴場ですね。
故郷・笠岡の偉人 墓石に刻まれた足跡。
森田思軒の墓
翻訳家、漢学者、評論家、ジャーナリストと多彩な才能を持った文化人です笠岡小学校北側にある墓地内に墓があります学校の休憩時間になると児童達から...
上之町の歴史、藺草を感じて。
藺田小路
その昔、上之町一帯は水田があり藺草が栽培されていました。
古窯跡で出会う備前焼の魅力。
伊部北大窯跡
良く観察しないと陶片は分からなくなっています。
備前焼の欠片が観られますが、持ち帰りは厳禁。
明治5年4月の銘、5体の仏像。
石仏
台座に明治5年4月の銘があります5体の仏像が彫られています。
清音ふれあい広場まで35分!
山手の道標
清音ふれあい広場(徒歩山沿い35分)の場所です。
簾屋七郎兵衛の歴史を感じる場所。
美須屋小路
簾屋七郎兵衛の屋敷があったことが由来のようです。
上之町の千光寺松、歴史の風を感じる。
松木小路
この道が続く上之町にある千光寺の松の木が由来しているのではと言われています。
素敵な場所で特別な時間。
旧東城往来 高山市の町並み
良い場所です。
惣神社の奥に隠れたお堂へ。
明治天皇皇后御神影
惣神社の奥にあるお堂です。
明石寺で笠岡の海を一望!
明石寺忠魂碑
明石寺境内にあり笠岡の海が一望出来ます同地区出征者名が刻まれた芳名碑があります。
弥生時代の水田遺構、あなたの知らない岡山。
百間川沢田遺跡
洪水砂におおわれた弥生時代後期の水田遺構。
岡山の人でさえ余り知られてない存在ですが。
加茂城跡
よくわからない。
三基並ぶ慰霊塔の心。
陸軍中将 一戸兵衛 揮毫 忠魂碑
西南戦争慰霊碑と共に三基並んで建立されています同地区出征者碑もあります。
明治天皇歌碑のある場所。
明治天皇歌碑
明治天皇歌碑です。
安政6年生まれの雄町米、味わい深い。
純正雄町米特産之地碑
安政6年(1859年)に備前国上道郡高島村雄町(現 岡山市中区雄町)の篤農家岸本甚造により発見された米です。
昭和40年代の川の名残。
裏川筋
昭和40年代までは普通の川だったようですがその後暗渠になったようです。
備前岡山藩の歴史を感じて。
池田政乕之墓
備前岡山藩初代藩主池田光政の弟です若くして亡くなりました。
大隅神社参道の隠れ家。
大隅小路
上之町の大隅神社への参道であることが由来と言われています。
江戸時代の教育者が見守る静かなひと時。
小寺清先先生墓地
江戸時代の教育者です民家の前にありますので静かに見学しましょう。
古墳近くの案内板で歴史探索。
林原古墳
ゴミ収集場から歩いて古墳の入口まで行けます。
天正七年の歴史を感じる、三星城の壮麗な横堀。
勝間城跡
天正七年(1579)春 宇喜多軍の大将延原景能(弾正忠)が三星城の後藤勝基討伐に苦戦したため構築した陣城と言われている 横堀と土塁が見事。
石碑の秘密を探る!
源泉こいの川跡石碑
石碑のある所はポンプ場跡で、実際の場所は暗渠になっている。
火から守る人工の山がある場所。
火除山
西側にあった寄宿舎からの火を防ぐための人工の山です。
2021/4/18来訪。
はるみの丘で見つけた一戸兵衛の揮毫。
元陸軍大将 一戸兵衛 揮毫 注連柱
はるみの丘浄化施設横にあります一戸兵衛最晩年の揮毫です。
赤木常五郎の歴史に触れる。
大庄屋赤木常五郎御墓
没年明治7年(1874)8月5日行年77才と刻まれています。
槍の柄とくわの柄の歴史を感じる。
長柄小路
天秤棒などを生産していた場所があったことが由来と言われています。
狭道の隠れ家、静かなひと時。
岡山県知事加藤武徳揮毫慰霊塔
道が狭く離合できませんが、誰も通りません。
橋本龍伍の揮毫、貴重な体験!
厚生大臣橋本龍伍書 芳名碑
83代内閣総理大臣橋本龍太郎の父である橋本龍伍の揮毫です。
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