比佐豆知神社での心温まるお参り。
比佐豆知神社の特徴
比佐豆知神社は延喜式内社としての歴史があります。
地元の方によってきれいに管理された神社です。
落ち着いた雰囲気の中でお参りができます。
ひさずちじんじゃ。祭神の五十猛神、大屋津姫命、抓津姫命の三兄妹は草木の神である事から江戸時代は木立明神と呼ばれていました。明確な創建年代は不明ながら延喜式内社とされているので千年以上の歴史を持つ古社です。無人でしたが拝殿の扉は開放されていて書き置きの御朱印、絵馬などが置かれていました。元々隣接する子安観音寺と同じ境内で祀られていたが明治時代の神仏分離令によって分けられてしまったとの事です。隣市の津市にも式内社とされる同名の神社が二つ存在するが当社を含む三社とも祭神が異なるというのも面白い。
地元の方にきれいに管理されています。うさぎの絵馬が可愛いかったです。
比佐豆知神社、延喜式内社とのことで、お参りしてきました。神主様はいらっしゃいませんでしたが、書置きの御朱印が置いてありました。このあたりが伊勢型紙の発祥の地らしく、伊勢型紙の御朱印もありました。色が暗くわかりにくいですが、時間が経過すると変わってくるそうです。
| 名前 |
比佐豆知神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
https://www.jinja-net.jp/jinjacho-mie/jsearch3mie.php?jinjya=63753 |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
比佐豆知神社(ひさずちじんじゃ)。三重県鈴鹿市寺家。式内社(小)、旧村社。主祭神:五十猛命 (配祀)大屋津姫命(オオヤツヒメノミコト、五十猛の妹)(合祀)抓津姫命 少彦名命 天照大神 伊弉冉尊 誉田別尊 天児屋命 速玉男命 事解男命資料によると、寺家観音寺の南側に隣接している。古くは寺家観音の境内とされてきた所である。観音寺は聖武天皇の祈願所で藤原不比等の創建と伝える。由緒及びその後の経緯は不詳である。江戸時代の前期はもとより九代將軍家重の頃までは当社の所在は一般に知られていなかつた。江戸時代の明和ごろ以降明治に向つて当社が古来より寺家村の観音寺境内に存したという所説が広まった。観音寺南側に位置し、往古は萱葺きの神祠六宇に鎮り座し東面し、北より秋葉金比羅宮、富士権現、天神宮、熊野権現、神明宮、木立明神と称し、遠近の崇敬者多く特に両部神道の思想が強くうかがわれる。しかしこの式内社に五十猛命三兄妹神が祀られている由来は不明。木立明神と呼ばれていたのは三兄妹神ゆえであろう。案外、江戸時代になってからかも知れない。 伊勢には同名の神社があるが、およそ五十猛命三兄妹神とは関係なさそうだ。藤堂家代々から御供米等寄附され毎年の大祭には、藩主を始め領内の人民多数の篤い崇敬があった。とあります。参考として、神明帳の式内小社・比佐豆知神社(ヒサツチノ)の比定社であり、安濃郡の方では「ひさづちじんじゃ」とあるのを、こちらの奄芸郡の方だけ多くの資料で「ひさずちじんじゃ」と、「づ」でなく「ず」としている根拠が見当たりません。