伊勢国分寺跡で過去を体感。
伊勢国分寺跡の特徴
伊勢国分寺跡は鈴鹿市の重要な史跡です。
古代国分僧寺が教科書通りに整備されています。
隣接する鈴鹿市考古博物館にもぜひ立ち寄ってください。
王朝時代、国分寺(国府)は全国に作られましたが、現在は住宅地に埋もれたりしているものが多く、遺跡として残っているものはそれほど多くありません。こちらの伊勢国分寺跡は、かなりの面積が歴史公園として整備され、その広さを実感することができます。全体としてみると、南東側に休憩舎が、中央に何本かの石碑が建つくらいで、あとはだだっ広い原っぱになっています。Googleの地図には「金堂跡」「南門跡」などの記載がありますが、これらは当該の場所に小さな説明板が設置されているだけで、実際には特に何もありません。訪れた日は秋晴れの行楽日和で、散策を楽しむ人、犬と遊ぶ人などの姿が見られました。公園としてみると、とにかく広い場所なので気分はいいですね。遊具もなく、木1本立っていない原っぱではありますが。
伊勢国分寺跡は三重県鈴鹿市にある史跡である。国分寺は、741年(天平13年)、聖武天皇の詔により、各国に建てられた官営の寺院である。伊勢国の国分寺跡は鈴鹿市国分町に所在し、大正11年に国の史跡に指定されました。昭和63年から平成20年までの発掘調査をもとに歴史公園として整備を行い、令和2年4月にオープンしました。 伊勢国分寺跡は、すぐ隣にある鈴鹿市考古博物館の3階展望デッキから一望することができます。広い原っぱのように見えますが、石碑が建てられている他、どこにどの建物が建てられていたかの説明書きもあります。
かつて鈴鹿が伊勢の重要地点だったことを今に伝えます。畑と山林に囲まれた広大な空き地です。
鈴鹿市考古博物館の隣にあります。建物復元はなく、基壇や礎石・柱底部のみの復元です。それでも、かなり広大な敷地を持つ寺院であった事がわかります。
古代国分僧寺の跡が教科書通りに綺麗に発掘整備されています。資料館も併設されていて無料駐車場もあり、充実していました。
これからもっと整備されるみたいです🎵
鈴鹿市考古博物館もあるのでそのついでにどーぞ。
| 名前 |
伊勢国分寺跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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伊勢国分寺跡(いせこくぶんじあと)国分寺は天平13(741)年の聖武天皇の詔によって国ごとに建立が命じられた寺院で、僧寺と尼寺からなりますが、ここは僧寺の遺跡と考えられます。発掘調査により約180m四方の区画を築地壁で囲み、西寄りに金堂・講堂といった礎石建ち瓦葺きの建物が南北に一直線に配置され、東寄りでは食堂や掘立柱建物とともに小院や北東院と名づけた築地塀による区画が確認されました。整備としてこれらの建物・区画の位置・大きさを土盛りや舗装で表現されています。僧寺には七重塔を建てるように命じられましたが、調査では塔の基礎(基壇)の明確な遺構を確認できていません。しかし、小院の内部には正方形にめぐる浅い溝があり、これが塔の基壇の周囲をめぐる溝であったと解釈されています。