歴史感じる石清水八幡宮。
離宮八幡宮の特徴
鳥居の前には油祖の銅像があり、印象的です。
京都府乙訓郡大山崎町のJR山崎駅近くに位置しています。
石清水八幡宮の元社で、歴史を感じる創建859年です。
油の製造と販売の中心「油座」として栄えた製油発祥の地で、国家安康を祈り続ける油祖、離宮八幡宮です。はじまりは平安時代。清和天皇が夢でお告げを受けて建設された「石清水八幡宮」。歴史の荒波にもまれながらも国家の安康と平和を祈り続けています。はじめて「えごま」の実を絞って油を採った油祖、そして製油の歴史にも深く関わる離宮八幡宮なのです。離宮八幡宮は、石清水八幡宮の元社にあたり、八幡大神を祭神とする神社なのです(-人-)寛永11年造替されたとき、ここに宝塔があったことが記されています。もともと離宮八幡宮は現在の3倍ほどの敷地があったそうで、その栄華を思い起こさせます。
と言われた鳥居の前に油祖の銅像があり、その先に神門と拝殿があります。境内に多宝塔の礎石があり、その周囲を境内社が囲みます。御朱印は社務所にて授与されてます。この神社からは徒歩で時間はかかる場所にありますが、酒解神社の御朱印もこちらでいただけます。こちらでも山崎城の御城印あります。
御朱印が頂ける神社。直書きして頂ける。御朱印は拝殿右手の社務所にて。自玉手祭来酒解神社の御朱印も頂ける。製油発祥の地とのこと。最寄駅はJR山崎駅。
対岸の[狩尾神社]の修繕工事をされている方に聞きました。[石清水八幡宮]が、今の場所になる前は、[酒解神社]→[離宮八幡宮]→[狩尾神社]→[石清水八幡宮]と場所を変えていったみたいです。離宮八幡宮の前をよく通りますが、駐車場🅿🚙が見えるだけで、全く気にならなかったのですが、駐車場の奥に本殿が有り、思っていたより雰囲気が良かったです✨[大きな礎石]等もあり、見所もそこそこありました😌
京都府乙訓郡大山崎の阪急とJRの駅のすぐ近くにあります。きれいで、清浄な空気をまとういい神社です。気持ちよく参拝させていただきました。
JR山崎駅の近く。日本で初めて荏胡麻油を製油した、油発祥の地で製油と販売をする油座として栄えた。今は日本で唯一、油の神様として親しまれている。お酒の神様も祀られているのは水が綺麗だからか。サントリーの工場が目と鼻の先にある。神社の方が気さくな方で色々な話を聞かせてくれた。御朱印に「天下分け目の天王山 山崎城」というのがあった。秀吉が明智光秀を討った山﨑の戦い。大事な戦い(スポーツなど)で使う言葉だけど、ここ離宮八幡宮には油断大敵のお守りも売っていた。油にちなんだ物でもあり、負けられない大事な戦いの意味もあるのだろう。2023.09.09
石清水八幡宮の元社として知られている離宮八幡宮は貞観元年\u003d 西暦859年の創建、嵯峨天皇の離宮があった事からこの名前が付けられました。貞観年間、その当時の神官が荏胡麻(えごま)の油絞り機を発明して、荏胡麻油の製造が始まった事の由緒により、日本の製油発祥の地とされています。また、天王山八合目付近に鎮座されている自玉手祭来(たまてよりまつりきたる) 酒解神社(さかとけ)の御朱印は現在 離宮八幡宮で頂けます。
延喜式神名帳の山城國乙訓郡の項に記載のある自玉手祭来酒解神の論社の一社。明治に天王山にある祠が自玉手祭来酒解神と比定されたが、当初はこの地にあったという説がある。今は当社が酒解神社も管理していて、御朱印も当社で頂けるはず。JR京都線の山崎駅、阪急京都線の大山崎駅のすぐ近くに鎮座。社伝によると、石清水八幡宮は貞観元年(859)に清和天皇が宇佐神宮より八幡大神を分霊するにあたり、大安寺の僧の行教がまずこの地に石清水八幡宮を創建し、その後、朝廷からの指示で、橘良基が現在の地に社殿を建立した。したがって、当社は石清水八幡宮の元社であるという。未確認なのですが、当社には石清水八幡宮と彫られた灯籠もあるらしい。以前、石清水八幡宮のところでも書きましたが、離宮八幡宮の地に最初の石清水八幡宮が建てられ、その後1年で今の場所に遷ったというのは、どうにも納得できない話に思える。なぜそんなことをする必要があったのか、理由がわからない。むしろ、石清水八幡宮は当初から今の場所にあったのではないだろうか。この離宮八幡宮のある山崎は今でこそ、いい水を使っていい酒を造る工場があることで知られているが、その昔は胡麻油の生産と販売を一手に握る大山崎油神人と呼ばれる団体があった。この団体は石清水八幡宮に供える油を扱えることを理由に、各国の関所を自由に通行でき、胡麻を独占的に買い占め、販売も一手に行う権利があった。この団体は共和制的な団体で、政治的にも強い力を持っていて、幕末まで続いていた。この団体と石清水八幡宮との繋がりは4月3日に行われる日使頭祭(ひのとさい)という神事があり、川の反対側の石清水八幡宮まで参拝するもの。おそらく、大山崎油神人が石清水八幡宮との関係を喧伝することで、その力を高めてきたことから、当社が石清水八幡宮の元地であるという話が生まれたのだろう、と思う。離宮というのは、嵯峨天皇の離宮「河陽離宮」(かやりきゅう)の跡地であったことによる。この地には大山崎油神人が川の反対の石清水八幡宮まで行くのは大変だから、八幡神を分祀した社があって、それが現在の離宮八幡宮になったのか。あるいは、今は天王山に鎮座する自玉手祭来酒解神があったのだろうか。サントリーの大山崎の工場を見学した際、こんこんと湧き出る豊かな水を見て、此の地に酒解神を祀る式内社があっても不思議ではないように思った。なお、酒解神は酒と付くが本来は酒の神ではない。
21年6月29日に訪れました。『離宮八幡宮』の主祭神は応神天皇です。貞観元年(859年)宇佐八幡宮(大分県宇佐市)から神霊を分霊して創建されました。後に淀川対岸の男山(現在の石清水八幡宮)にも八幡神を分霊し、ともに京の都の玄関口を守る国家安康・国民平安を願う神社として祀られました。ここは嵯峨天皇離宮の地なので現在は『離宮八幡宮』と呼ばれるようになりました。社伝によると平安時代、『離宮八幡宮』の神官が「長木」という油をしぼる道具を発明し、荏胡麻(えごま)(青シソに似た植物)の種子から油を採り、神社の灯火に使いました。これが日本の精油のはじまりといわれています。『離宮八幡宮』の「神人(じにん)」たちが独占的に油を製造し、宮廷や全国の社寺など、各地を売り歩き、繁栄を極めました。境内には菅原道真腰掛けの石があり、学業成就のパワースポットといわれています。御朱印をいただきました。天王山山頂付近にある「自玉手祭来(たまてよりまつりきたる)酒解(さかとけ)神社」の御朱印もこちらでいただけました。面白い歴史のある神社だなぁと、感じました。
| 名前 |
離宮八幡宮 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
075-956-0218 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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石清水八幡宮の本宮。宇佐八幡宮の勧請を受け、創建されたのはこの八幡宮であり、男山のそれはその後とのこと。従って、此処も長らく石清水八幡宮を称していた。油座の発展とともに大いに発展したが、それも信長の楽市楽座や菜種油の流布により、この八幡宮も衰微。鉄道敷設により宮域も縮小、現在に至る。禁門の変で長州が駐屯したことから建物も焼かれたとのこと。此処も都に隣接するこの山崎という地の栄枯盛衰を感じられる場所です。