九十九里の歴史を知る、真忠組の物語。
真忠組志士鎮魂碑の特徴
九十九里浜に位置する真忠組の歴史的な碑です。
竹久夢二歌碑の隣にある、静かなスポットです。
幕末の真忠組が活動した場所としての重要性があります。
真忠組浪士隊の志が刻んで有ります。
碑文を読んでいたら、釣りをしていた方が寄ってきていろいろ教えてくれました。彼らの行動、主張は、実際にはどういうものだったのか、どこに焦点をあてるかでいろいろな思いが、人それぞれ違っていいんだよ、というようなお話でした。
対面に駐車しました。
九十九里の維新碑隣りに並ぶは竹久夢二歌碑。
真忠組(しんちゅうぐみ)は、幕末期に房総半島・九十九里浜片貝地方で蜂起した攘夷派の民間団体[文久3年12月4日(1864年1月12日)、上総国小関新田の大村屋旅館を接収して「真忠組義士旅館」という大きな表札を掲げて本拠を置いた]。浪人が指導する貧民たちが、次第に九十九里一帯で(北は八日市場から南は茂原まで)武器、資金を強制的に富裕農民、網主、商人から徴収する中で「世直し」的要素を一部持ったといわれる。
| 名前 |
真忠組志士鎮魂碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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❶【参考 真忠組志士鎮魂碑 日本刑事史跡散歩 1985年】真忠組志士の首謀者、三浦帯刀、楠音次郎が斬罪(ざんざい・くびきりの意味)に処されている。処刑された場所がこの碑のある所である。文久3年(1863年)三浦帯刀(みうらたてわき)らが、人民のための政権を目指して幕府に反抗ののろしを上げた反乱である。