蘇我氏の墓へ、山登りの冒険。
河津三郎祐泰の墓と曽我十郎祐成・曽我五郎時致の供養塔の特徴
昨年の大河ドラマに登場した蘇我氏の墓がある場所です。
山登りの途中で見つけることができる貴重なスポットです。
静岡県伊東市馬場町の歴史を感じる墓地エリアです。
昨年の大河ドラマに登場した蘇我氏の墓があります。
すぐ着くのかと思ったら山登りでした。でもお参りできてよかったです。
父親である伊東祐親と所領争いで対立していた工藤祐経に、安元2年(1176年)10月、伊豆の奥野の狩場で襲撃されます。一緒にいた父親の祐親は無事でしたが、祐泰は矢に当たり命を落とします。父の伊東祐親から河津荘を相続したため、河津祐泰を名乗っていますが、『曽我物語』によると、河津祐泰が俣野景久に繰り出したことに由来して、相撲や柔道の「河津掛け」にその名前が残されています。その後、河津三郎祐泰の遺児である当時は5歳の十郎(祐成)、3歳の五郎(時致)2人は、祐泰の妻が2人を連れて曾我祐信と再婚します。そのため、河津三郎祐泰の遺児2人は、曽我の兄弟と名乗り、有名な仇討ちの物語である『曽我物語』にその名前を残すことになります。曽我兄弟は、2人とも河津三郎祐泰の墓の傍に首塚が建立され弔われています。また、父親の伊東祐親は山向こうにお墓が建立されています。東海寺から伸びる参道の先にお墓があります。参道というよりも最後は山道になりますが、頑張ってお参りさせて頂きました。また、近くには、河津三郎が命を落とした場所が「河津三郎血塚」と呼ばれ今でも残っています。
| 名前 |
河津三郎祐泰の墓と曽我十郎祐成・曽我五郎時致の供養塔 |
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| ジャンル |
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| HP |
https://boccitabi.yokohama/ito-torinji-sogakyoudai-kubiduka/ |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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