冬にもみじ、六道まいりの魅力。
六道珍皇寺の特徴
秋の特別拝観は日程が決まっており、訪問時期が楽しみです。
六道参りで有名なお寺として、多くの人々が参拝に訪れます。
百人一首ウォーキングのゆかりの地として、文化的な魅力があります。
秋の特別寺宝展重要文化財 藥師如来坐像参詣曼茶羅図熊野観心十界図中島潔画伯奉納画五幅「地獄心音図」冥途通いの井戸黄泉がえりの井戸播州赤松家ゆかりの名刀。
今までは母親が毎年お参りに来てましたが、代わりに今年初めて六道まいりに訪れました。門をくぐった所で高野槇(一枝700円)を買って、受付で水塔婆(一霊400円)を書いて貰い、迎鐘を引いて本堂に参り、線香の煙で浄めた後、水回向に今は亡き両親と先祖代々の水塔婆とお賽銭を納めてお参りして帰宅後に高野槇は仏壇にお供えしましたが、あの世から皆帰って来てるのでしょうか。ちなみに高野槇とほおずきの値段が表示されておらず、買って少しビックリ(笑)で…ほおずきは聞かずに買いませんでした。年々価格も上がっているのでしょうか。行事ごとなので仕方ないですが…。駐輪場があったので自転車が止めれて良かったです。今回は平日の昼間に訪れましたが、来年からは夜に訪れるのも風情があって良いかもです。(2025/08.07来訪)
京の夏の風物詩 六道まいり✨✨✨2025年の夏、今年も六道まいりが始まりました。同時期に開催される五条坂若宮陶器市とセットで楽しむのが私の夏の定番。行く度に思うのが、京の町衆の信心深さ。ここは観光客より地元住人が舞台の主役です。迎鐘の音を聞きながら、気付けば六道の辻に吸いこまれていました。合掌。
小野篁が冥界との行来をした場所として有名なお寺。閻魔さんが祀られてます。京都では、御先祖様をお盆の時にお迎えする場所として六道まいりとして、こちらに参拝します。お迎えた後に、大文字の送り火で帰っていただくということですね。その六道まいりに参加させてもらいました。22時の終了間際でしたので、空いていましたが、ちょうど月も出て、風情のある雰囲気を楽しませてもらいました。貴重な体験、ありがとうございました。
秋の特別拝観は、日程が決まっていました。「期間中実施」ではないので、事前にスケジュールの確認が必要。この世の出口。閻魔さまにご挨拶させていただきました。
2021年【迎え鐘】を突きに8/7の夕方に行ってきました。この日は暑かった事もあり?昼間は人は少なかったです。日が暮れだしてから、人も増えて来た感じです。【五山の送り火】【矢田寺の送り鐘】等、昔から伝わるお盆の風習が 、両親が亡くなり居なくなったことで凄く大切だと思うようになりました。小野篁が 冥界に行き来したと言われている井戸も有ります。2022 8/7今年はコロナもみんな慣れてきたせいか凄く人が多かったです。参拝方法は本当なら鐘をつくだけでなく、①本堂で【水塔波】という木の札に戒名を書いてもらう②迎え鐘をつく③本堂でお詣りする④線香の煙で【水塔婆(戒名が書かれた木の札)】を炙る⑤【水回会】【水塔婆】に【高野槙】と言う葉っぱを使い水をかける(高野槙は参道で購入するのが正当な方法?みたいですが、慣れている?人達は購入せずに置いてある高野槙で濡らしていました。)と、順序があるみたいです。両親の戒名がうる覚えなので僕は両親のことを思いながら鐘をつく位しかしませんでしたが、またきちんとした参拝方法もしてみたいと思いました😌2023/8/10仕事の帰りに電車できました。今回も正しい作法で迎え鐘はついてませんが、亡くなった両親やご先祖の事を思いました😌2024/8/10仕事の後に来ました。今年はロウソク🕯️を献上した際、小さな女の子達が担当していたのですが、可愛らしくて凄く微笑ましかったです😌ちなみに今年は建仁寺を通ったときライトアップのイベントがやってきました。
六道参りで有名なお寺さん。小野篁卿が地獄との間を通った井戸があることでも知られています。マニアックな話になりますが、森見登美彦さん作の「有頂天家族」に登場する次男 下鴨矢二郎がカエルの姿で世捨人生活を送っているのがこの井戸です。聖地巡りのアプリを使うとVR写真が撮れる場所です。
百人一首ウォーキングでゆかりのお寺さんとして参拝させていただきました。住職さんの説明をしていただき、普段写真撮影出来ないのも撮影オッケーでした。御朱印もいただけとても良かったです。
| 名前 |
六道珍皇寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
075-561-4129 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 9:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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令和6年 5月3日 GW 京都 奈良六道珍皇寺平安時代、この辺りは葬送の地である鳥辺野(とりべの)への道筋にあたっており、現世と来世の境目「六道の辻」と呼ばれていました。平安時代の役人・歌人である小野篁(おののたかむら)が、この寺の井戸を通って冥土(あの世)へ行き、閻魔大王のもとで裁判の補佐をしていたという伝説が残っています。