清々しい立坂神社の魅力!
立坂神社の特徴
立坂神社は大日霎貴尊を主祭神とする荘厳な神社です。
石取祭りや手作り市が開催される賑やかな場所です。
清掃が行き届いた美しい境内での参拝が楽しめます。
すごく清々しい素敵な神社でした。定期的に伺いたいです。
道を挟んだ前に駐車場があります。訪問時はあいにくの雨でしたがお参りさせてもらいました。
桑名駅東口から市役所の方へ行くのに国道へ出ます(桑名は初めてなので大きな道を歩きます)。15分程歩くと神社近くのローソンが見え、一角に白壁がある路地へ。鳥居があるが、なんか小さい入ると境内社のお稲荷さんの鳥居でした。町内の鎮守様にしてはちょっと広めの境内、拝殿も大きいです。お詣り当日は、氏子の方々が清掃作業をしておりまして、ちょっと境内をうろうろ出来る感じではなかったです。御朱印も授与していただけました。姉妹猫が居る神社として、他の方にクチコミにありましたが、白い子が社務所の中に居ただけでした、騒々しいから出て来なかったのかも。楼門から出て見ると、大きな鳥居が立って居ました。
立坂(たちさか)神社御祭神は大日霎貴尊(おおひるめむちのみこと)配祀として武甕槌神(たけみかづちのかみ)、斎主神(いわいぬしのかみ)、姫大神(ひめおおかみ)、神功皇后(じんぐうこうごう)、應神天皇(おうじんてんのう)もともと矢田八幡社と称しているが、明治以後は式内立坂神社と称することになった。確かに「式内=延喜式」桑名郡15座の中に「立坂神社」が記載されている。桑名は昔から交通の要所でもあり武士に支配された地域であった。桑名藩主本多忠勝の宗敬深く、以後代々の藩主の保護を受けている事を鑑みると武士受けする八幡社の方が良かったのかもしれません。
初めての道を通りがかってたまたま見つけました。緑色の立派な鳥居の奥に教会が見えて、宗教で紛争が起こらない、日本らしいいい風景だと思いました。
石取祭りあります。駐車場も神社の目の前にあります。
木々に囲まれた厳かな神社。手水鉢に紫陽花が飾られていました。
令和元年12月1日参拝社務所にて御朱印拝受しました。社務所では、かわいいにゃんこたちが出迎えてくれました。にゃんこは三姉妹だそうですが、私が訪れた際は長女と三女がお出迎え?してくれました。次女は恥ずかしがり屋で滅多に出てこないそうです。
昨年から時々「手作り市」というフリーマーケットが開催されるようになりました。
| 名前 |
立坂神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0594-22-1224 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.kuwana.lg.jp/kanko/miru/history/history028.html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
立坂神社(たちさかじんじゃ)。三重県桑名市新矢田。式内社(小)、旧県社。桑名立坂神社(くわなたちさかじんじゃ)。江戸時代は「矢田八幡宮」と称していた。主祭神:大日霊貴尊(おおひるめのむちのみこと)(配祀)武甕槌神 斎主神 天児屋根命 姫大神 木花咲夜比売神大山津見神 天目一箇神 神功皇后 応神天皇 玉依姫資料によると、『延喜式神名帳』に記載の立坂神社として『神名帳傍注』他に比地にあることを記載する。嘉永6年(1853)有楢川熾仁親王殿下御筆に成る立坂神社の奉額あり。明治2年3月聖上御東幸の際同月15日当地御駐輦あり、即日本社へ奉幣使を遣される。元、矢田八幡宮と称していた。安土桃山時代の慶長年間(1596年-1615年)、本多忠勝が矢田河原に軍を進めた際、その旗印に霊鳩が止まった。忠勝は得難い祥瑞と考え、その後の戦いで勝利し、帰陣後、周辺住民に「当地に八幡はあるか?」と尋ねた。鳩は八幡神の神使。当地の人は「西方にあり」と答えたという。後日、その地に改めて山城国石清水八幡宮を勧請、桑名八幡宮と称した。この桑名八幡宮の創建は江戸時代初期の元和元年(1615年)とされる。その後、矢田八幡宮と改称され、当社は長らく矢田八幡宮と呼ばれた。いつ矢田八幡宮が「立坂神社」と称するようになつたか、その経緯は明らかでない。とあります。参考として、立坂神社は、もともと市内西方にあったのですが(市立桑陽保育所のところに「立坂神社旧蹟」の石碑があります)、明治41(1908)年、ここ尾野神社に合祀されました。立坂神社は、別名、「草鞋社」といいます。海善寺の僧が修行に出る時、道中安全を祈願して草鞋を供えたといいますし、また、足止め信仰があったため、家出人があった場合には、ここに草鞋を供えて、家出人の足を止めることを祈願したともいいます。市内新矢田にも立坂神社がありますが、そちらは、もともとは矢田八幡社と称していました。桑名藩主本多忠勝の宗敬深く、以後代々の藩主の保護を受けています。明治以後は、この矢田八幡社が、式内立坂神社と称しています。とあります。