歴史感じる梅森北城。
梅森北城跡の特徴
梅森北城は1533年に築城された歴史的な城です。
東西約43m、南北約58mの平城としての特徴があります。
徳川家康と同じ先祖を持つ松平三蔵高照が築きました。
梅森北城は、天文二年(1533)に徳川家康と先祖を同じくする、三河碧海郡の松平三蔵高照が築城しました。お城の規模は東西約43m、南北約58mほどでした。遺構は全く残っておらず、お寺の前に「梅森城址」と刻まれた石碑が建っているだけです。
歴史:天文二年(1533)に三河碧海郡を本拠とする松平三蔵高照が築いた、東西約43m、南北約58mの平城。南南東と北のどちらかに、支城として梅森東城があったとされている。現在:眺景寺の境内となっており、遺構は何も残っていない。「梅森城址」と刻まれた石碑が建っている。
| 名前 |
梅森北城跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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眺景寺の地が北城とされています。遺構は無く、お寺の境内地が少し高くなっています。城は三河国佐々木城主松平三蔵信次が天文2年(1533)に築いたとされています。時期的に三河の松平清康が尾張守山城進出と重なるので、その足掛かりとして築かれたものと思われます。眺景寺の住職は松平信次の末子道西が務め、以後、子孫が代々務めたといいます。梅森には北城以外に支城として東城があったそうです。一説には国立名古屋東病院の地と書かれていることもありますが、そこだと「東」ではないです。『愛知県中世城館調査報告I』の地籍図では北城の南南東の近接地に比定されており、『尾張の古城』(笹山忠2008)にも記されているようにすぐ近くの住宅地が東城跡と思われます。