心穏やかになれる生麦山無動院。
龍泉寺の特徴
生麦駅から近い高野山真言宗の歴史あるお寺です。
ご本尊のお不動さまが素晴らしいと評判の場所です。
玉川八十八ヶ所霊場の第9番札所として参拝されています。
玉川八十八ヶ所霊場で御朱印いだだきに参拝しましたが、法事中のため、またの機会に伺う予定でいます。
実家のお墓が有ります鶴見の生麦ですが400年以上のお寺さんで小さい時から変わらず心が穏やかになれる場所です。
生麦駅からほど近い場所にある高野山真言宗のお寺。創建は南北朝時代とされる由緒あるお寺です。
母方のご先祖のお墓があります。
生麦山無動院龍泉寺は高野山真言宗の寺院で、総本山は和歌山県高野山の金剛峯寺です。鶴見区には真言宗の寺院は複数ありますが智山派・豊山派のように異なる派となります。高野山は大宗教テーマパークといわれる広大な土地に様々な施設が配置されています。そんな高野山の系統の龍泉寺ですが、記述によると(生麦岸谷)杉山神社とも関わりがある様です。創建当時は浄土宗であり、安養寺と同じなのですが、創建過程が相異するので直接の関わりは少ないと思われます。10世住職の頃も浄土宗の寺院でしたが、1571年には既に本尊の不動明王を安置していたと記されていますから自然に真言宗の寺院になったという事なのでしょう。龍泉寺前の石垣は昭和6年(1931年)の写真で確認出来る事から1920年以後の期間に造られたものと判ります。龍泉寺の後方は高台ですが、「土取り山」と称された確かな山でしたが、大黒方面の埋め立てに切り取られてなだらかに変わってしまいました。敷地の角には「岸谷庚申」がありますが、安置当時の位置からは移動されています。ここには青面金剛像(西暦1665年6月26日造立)と岸谷庚申の碑があります。庚申信仰は中国の道教由来ですが、江戸期の日本では民間信仰として独自に発展して変化が見られました。青面金剛は大自在天が仏教に帰依する以前の姿と考えられていて仏像とは異なります。三猿と邪鬼、左右の足もとには鳥がいます。鶏が二羽だそうですが、左側は判別でき右側は特定できません。中に入りますと本堂前の左側に弘法大師の修行像を見る事ができます。また右側には、京三観音立像も目に入ってきます。京三ですから京三製作所が連想されますが、小早川常雄氏が造り当初は京三製作所の敷地に祀られ、大内青圃の作である美しい観音立像です。開眼は昭和22年(1947年)でその後は龍泉寺に移転されています。戦争犠牲者と京三製作所の業務でなくなられた人々の供養や平和祈念などが目的となっています。特徴としては、顔立ちの美しさの他に光背の形状が舟形ではなく、宝珠形(玉ねぎや、しずくの形で五輪供養塔の上の部分と同じライン)をしていますから供養を意識した放光観音菩薩様という事でしょう。この他に、光の観音像等もご覧になれます。本堂の木製階段を上がるとガラス越しで不動明王様を望めます。史料と同じ3尺(約90cm)の身長です。木の部分については土足禁止が普通なので靴を脱ぐのが無難です。龍泉寺は安養寺と同様に井戸があります。こちらは1975年9月に横浜市「災害時における飲料水確保井戸」になっています。水質検査については不明ですから、生水の飲用は厳禁です。濁りのない事を確認後、煮沸して利用する事になります。逆浸透膜式の災害用浄水器を通すと煮沸なしも可能ですが、水脈が住宅地である事から水質汚染には留意してください。墓地内にミカンの樹があります。鳥が運んだ種が自然に生えたものと推定されますから相当昔の品種です。酸味が強いので今風の感覚では美味しくはないでしょう。落下した果実は有り難く持ち帰るのは御仏の贈り物ですから構いませんが、樹を揺らしたりはしないように。山門の閉門時は裏口での受付となります。***鶴見1丁目の朝暘山八幡宮、道念稲荷神社は龍泉寺別当です。顔が削られたお地蔵様がいますが、これは民間信仰での願掛けで石打ちされて削られていった跡であり、願掛けの回数が多い部分がより凹んでいます。意味が判らないと不信になるかも知れませんが、願掛けの意味を知ると有難さが湧いてきます。***
我が家の菩提寺です。御参りに行きますと何故か心が洗われた気分になりますね。
母方の御先祖様を御守り頂いています。家庭的なところや法事の時のお説教が親しみを持って語ってくださる。
ご本尊のお不動さまがすばらしい✨
歴史あるお寺と思われます。
| 名前 |
龍泉寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
045-581-7626 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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親戚がこちらに眠っているため、お参りに行ったときのことです。【心の曇りが晴れるような、温かなお人柄】こちらを訪れて何より心に残ったのは、住職の奥様のとても親切で穏やかな対応でした。そのお言葉の一つひとつに慈しみが感じられ、お話ししているだけで自分の「周波数」が優しく整い、まさに「心が洗われる」ような感覚になりました。【清々しい空気の中で整う「 Body OS」】境内はいつも手入れが行き届いており、お参りをするたびに自分の内側が清められ、最高に「気持ちイイ!」状態にリセットされます。【大切な人を預けられる安心感】こちらの奥様の笑顔は、訪れる人の心に安心という彩りを添えてくださいます。「安心」というお宝に出会えるお寺です。お参りに行くたびに、背筋が伸び、それでいて心がふんわりと軽くなるのを感じます。