飛騨川バス事故の慰霊碑。
天心白菊の塔の特徴
飛騨川バス転落事故の悲劇を偲ぶ、慰霊碑として重要な場所です。
1968年に発生した事故の歴史を感じることができるスポットです。
水害の犠牲者を追悼するため、特別な意味を持った場所です。
飛騨川バス事故の慰霊碑が移設されました。事故現場からは離れてしまいましたが、駐車場も広いしアクセスは良くなりました。
以前から訪問してみたかった天心白菊の塔、行って来ました。最近移転したとの事で、本当は移転前の場所で行ってみたかったのですが移転の話を知らず、今回の訪問になりました。移転された先は駐車場の一角になります。移転前は詳細の書かれた立て看板、小さい石碑等もあったみたいですが、写真の通りオブジェとその前の石碑のみの様です。駐車場の一角なので訪問するには駐車場所など気にすることもないので良いと思います。
1968年に発生した「飛騨川バス転落事故」と同時期に発生した水害で亡くなられた方を慰霊するための慰霊碑です。飛騨川バス事故では104の方が亡くなられています。同じく周辺の集落でも水害が発生したようで、水害で亡くなられた方の慰霊碑でもあるということが書かれていて驚かされました。場所はそれなりに広く、数台程ではあるものの駐車できるようになっていました。この慰霊碑には現在の場所から移転する計画があります。移転後にはすぐ近くにある道の駅の敷地内に設置される予定ということが白川町のホームページに紹介されていました。情報の更新と詳細はそちらでおこなっているようなので、そちらから最新の情報を入手さるようにしてください。
国道41号線、土石流によるバス事故の慰霊碑。1968年8月18日の事故で104人が犠牲となった。地元の豪雨犠牲者14名とともに塔の由緒となっている。最初は8月18日にちなんで高さ8.18mだったという。当初は事故現場(岐阜県加茂郡白川町)にあったが、国道41号線の改良工事に伴い移転が決定、道の駅美濃白川ピアチェーレにある産直市場に移転した。撤去・消滅ではない。隣に「白川茶」の碑。高山方面への車線からは左、名古屋方面への車線からは右に入る。
| 名前 |
天心白菊の塔 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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天心白菊の塔は令和4年に道路を作る事業により現在の地へ移転されました。