銀山見学の後は、遺跡巡りで!
清水谷製錬所跡の特徴
巨大な石垣や構造物が魅力的で、遺跡の雰囲気が楽しめる場所です。
平日の夕方にはほとんど人がいなく、静かな時間を過ごせます。
レンタサイクルで訪れると、自然を感じながらの移動が楽しめます。
銀山を見学したら製錬所も観ておかないと立ち寄りました。石見銀山は結構有名なので、製錬所も大規模かと思いましたが、こじんまりとしていました。製錬する量が少なかったかもしれませんんね。この地に来られた方は、他の精錬所巡りもお薦めします。大規模な建造物が山奥にひっそりとあることに神秘を感じると思いますので。
規模は小さいが佐渡金山の北沢浮遊選鉱場跡と同じ設備のようです。電動自転車ならココまで楽に上がれます。
巨大な石垣や構造物が自然に還っていく途中の、これぞ遺跡!という場所です。龍源寺間歩だけ見て「こんなもんか〜」で帰ってしまう人結構いそう...もったいない!
平日の夕方覗きに行きましたが、このタイミングだと他に人はなし。みたいアーチの中は立入禁止で少し離れてしか見られませんが、世界遺産になって随分経つのに、そのままで残っているのが素晴らしい。
レンタサイクルで行くのがおすすめです。
| 名前 |
清水谷製錬所跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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清水谷製錬所跡は、JR仁万駅の南東8.8kmほどの島根県大田市大森町にあります。山すその傾斜を利用して造られた明治時代の先端技術による巨大な製錬所の遺跡です。明治28年(1895年)藤田組が石見銀山の採掘権を獲得し、巨額を投じて建造されました。最新の技術を採用して、藤田組が近くの坑道で採掘した大量の鉱石を処理していました。しかし、350年余りにわたって採掘されてきた石見銀山の銀鉱床はすでに枯渇しており、鉱石の質が予想よりも粗悪であることが分かりました。純銀を抽出するために使われた技術も期待を裏切ることとなったようで、最終的にわずか1年半で操業中止となりました。藤田組は、当時大日本帝国の一部であった台湾の九份など、自社の支配下にあった他の鉱山に精錬設備を移転することで、損失の削減を模索しました。清水谷精錬所の跡地は、変電所へと姿を変えましたが、その後の運命についてはほとんど知られていません。今では緑の丘の中腹に静かに佇む石やコンクリートの塊に過ぎませんが、周囲には、鉱夫住宅跡・変電所跡・選鉱場跡・トロッコ道などが残っています。