明治から続く八幡神社の佇まい。
白子稲荷神社の特徴
地域を見守る佇まいが印象的な神社です。
明治十五年に遷座した歴史ある神社です。
かつては八幡神社として親しまれていました。
地域を見守るような佇まい。
創立は不詳だが、棟札より現在地に遷座したのは明治十五年であることが判明している。それまでは牛森山中腹にお堂が建っており、いまでもその場所には石宮が建つという。参道の階段沿いには数多くの鳥居や石灯篭が立ち並んでおり、統一記念碑や牛森墾田碑などの石碑も建つ。古峯神社と刻まれた石塔も見られるが、この地域によくある笠石型の古峯神社ではなく、柱型の石塔である。社殿の背面には庚申塔や山の神の小さな石塔がある。写真撮影月 令和2年3月、9月参考文献『米沢の神社・堂宮1 ー万世地区ー』米沢市教育委員会。
| 名前 |
白子稲荷神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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昔は八幡神社だったのが社殿に入ると分かります。神仏分離で白子稲荷神社になったのでしょう。山岳信仰の名残が見てとれます。小山の麓なので、入口が分かりにくいですが、通りの常夜灯を目印にすると良いです。山岳信仰の名残だと思われる竹林と溜池を通り過ぎて奥に進むと鳥居が見えてきます。鳥居の横には石塔が立ち並んでいます。古峯神社や庚申塔、由緒碑、この地域の名士か講集団の代表を称える記念碑があります。堀は神社の裏手から水が流れているようです。石段を登っていくと社殿があり、その前や隣にも石塔があります。御神木と思われる大きな木に寄りかかるような石塔は状態が悪く文字が読めません。おそらく、明治時代に消されたものと拝察します。土に埋まっている箇所は「小幡藤八」と銘があります。新しい土台には大山祇神社や庚申塔があります。元々の場所から移動した形跡があります。社殿は開くので中に入れました。八幡太郎義家や牛馬、八幡神社だった頃の縁日の絵馬があります。歴史を紐解く上でなかなか貴重な絵馬だと思われます。内部に鈴と三柱の神が祀られています。社殿の裏手の土が湿ってました。見てみたら、山裾から水が滴り落ちてました。命の水が湧き出す八幡神社だったようですね。水は流れて、昔、日本一の傾奇者と呼ばれた上杉家家臣・前田慶次の屋敷に向かって流れていってるようです。八幡神社と呼ばれていた頃は、この隣の工業団地の名前・八幡原の由来にもなっていたことでしょう。米沢市の歴史を調査する上では、なかなかの貴重な神社です。