静嘉堂で見つけた岩崎家の美。
岩崎家廟堂の特徴
静嘉堂緑地内にある岩崎家廟堂は住宅地に位置する史跡です。
明治43年に建築された『岩崎家玉川廟』は歴史が息づく美しい場所です。
岩崎彌之助夫妻と小彌太夫妻が眠る立派な納骨堂として知られています。
2024.11岩崎家の多くの建物に関わったジョサイア・コンドルが建設しています。洋風と言うよりもアラビア風のようなオリエントな印象です。内部は黒と白の大理石で作られ、彌之助夫妻と小彌太夫妻、忠雄夫妻の三代がこの霊廟で眠っているそうです。墓の傍らには、「男爵岩崎君墓碑」と刻まれた雄勝石製の巨大な墓碑があり、松方正義や大隈重信の名前も刻まれています。入口に柵のようなものがありますが、あれは車止めなので通行可能です。【概要】青緑色のドームをいただく白亜の建物は、静嘉堂文庫 を創設した岩崎彌之助 の霊廟として建てられ、岩崎彌之助、小彌太をはじめ岩崎家代々の墓である。明治四十三年三月、わが国西洋建築の始祖ともいうべきジョサイア・コンドル によって建てられた。コンドルは鹿鳴館、ニコライ堂、三菱一号館 なども設計している。青銅の扉に刻まれている中國二十四孝 のレリーフ並びに前面の大香炉は岡崎雪聲 の作である。また、森の奥には、松方正義 の文と書による男爵岩崎君墓碑がある。この霊廟は平成十一年四月東京都により歴史的建造物 に認定された。
住宅地にある史跡です。
三菱の創業者・岩崎弥太郎の弟で、二代目総帥である岩崎彌之助の霊廟として建てられた岩崎家廟堂です。ジョサイア・コンドルにより建てられた西洋建築ですが、前面の大香炉や中國二十四孝のレリーフが刻まれた青銅の扉や入口に配された狛犬等、東洋風のテイストを活かした建物です。また、岩崎彌之助が集めた東洋美術コレクションを納めた静嘉堂が同じ敷地にありますが、静嘉堂の静嘉は、先祖の霊前にお供え物が整うという意味で、中国古典「詩経」の一節からとった名前です。和洋折衷ではなく和洋融合した空間が広がっています。近くに松方正義の文と書による男爵岩崎君墓碑も鬱蒼した樹々の間にあります。
美術館の一般公開は終了したようです。豪華な建物やお庭は見ることができます。
静嘉堂緑地の中には、三菱財閥第2代総帥岩崎彌之助夫妻、第4代総帥岩崎小彌太夫妻が眠る岩崎家廟堂がある。英国人建築家、ジョサイン・コンドル氏の設計である。
岩崎弥之助(兄は三菱創業者の弥太郎で弥之助は2代目総帥や日銀総裁を務めた功績で男爵)の三回忌である1910年に、子である小弥太(男爵、後に弥太郎の子久弥に続いて4代目総帥を務めることになる)が造らせたものです。設計は、鹿鳴館やニコライ堂で有名なジョサイア・コンドルによるもの。ここには、弥之助夫妻をはじめ、小弥太夫妻にその養嗣子忠雄夫妻が眠っている。
岩崎家廟堂。
観光者が極めて少ない。
当主の納骨堂。
| 名前 |
岩崎家廟堂 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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知らなかった、、近所にこんな立派な建造物があるなんて、、、