賀川豊彦の足跡を訪ねて。
賀川豊彦記念松沢資料館の特徴
コーポラティブについて学べる貴重な資料館です。
賀川豊彦の足跡を知り、現代に生かすことができます。
隠れ家的な場所に位置し、静かに訪れることができます。
学芸員の方がすごく感じがよいです。ノーベル平和賞を確実に取れたと言われる賀川豊彦ですが、戦争協力者にノーベル平和賞がとれるはずがありません。顕彰しすぎでしょう。
人知れずな場所に佇んでいる施設ですが、コーポラティブを学ぶなら本当にオススメです。時間があるなら一時間位は確保して、学芸員さんにご説明頂くのが確実です。
私は知りませんでしたがあと1年存命してたらノーベル平和賞間違いなしと言われたほどの方だったそうです。
ここに賀川先生の資料があっても活用されない。単なる飾りでしかない。
差別当たり前のだった時代に賀川豊彦の足跡を知ることは現代に生かされると思う。
時々、立寄るべし。学びの場となります。
興味のある人には、非常に良い所です。
| 名前 |
賀川豊彦記念松沢資料館 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
03-3302-2855 |
| 営業時間 |
[火] 10:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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賀川豊彦の業績を伝える記念館。賀川豊彦はキリスト教の伝道師であり、労働運動・農民運動から生活協同組合や協同組合保険の運動にも携わりました。彼は神学校を卒業後、神戸で貧困層の救済の他、労働運動にも携わり、時には検挙されながらも労働者の権利擁護のために邁進しました。関東大震災後は、東京に移って被災地でセツルメント事業を行いました。セツルメント事業とは被災した人々の衣食住の支援を行うだけではなく、互助の力で持続的に暮らしていくことが出来るように援助することです。戦時中は当初は戦争反対を唱えたものの、その後は戦争に協力的になりました。戦後は世界連邦運動に携わり、ノーベル平和賞の候補にも上がりました。彼は生涯にわたった友愛・互助・平和の精神を貫き、その中で貧しい人々や労働者・農民・女性に権利は拡充されました。生協や共済の設立にも貢献し、その業績は今でも高く評価されています。また小説家としても優れ、自伝的小説「死線を越えて」は大正を代表する大ベストセラーに。その他にも多くの小説や評論を発表し、ノーベル文学賞の候補にも上がっています。この資料館は彼が暮らした上北沢にあり、彼の生涯を貴重な資料とともに知ることができます。明治・大正・昭和初期に世界でガンジーやシュヴァイツァーと共に三聖人に称せられる賀川豊彦の凄さを知りました。一方で手放しに賀川豊彦を賛美するのではなく、彼にも偏見や誤りがあったことを指摘している点にも好感が持てました。彼の業績は日本よりもむしろ海外で評価されています。それは、彼がキリスト教徒であったことと、当時からチャリティー事業や寄付が欧米では積極的に行われていたからということもあると思います。世界に誇る日本の偉人。こんなにすごい日本人がいたということをもっと多くの人に知ってほしいと思います。