大宮前春日神社で静かなひととき。
大宮前春日神社の特徴
参道には春日信仰の神使、狛鹿が迎えてくれる趣ある神社です。
拝殿には見ごたえのある彫刻が施され、神聖な雰囲気を感じられます。
鳥居近くにはたくさんの力石があり、地域の大事な鎮守様として親しまれています。
R7.3平日 12:30 初訪問静かでゆっくり参拝出来ました。
大宮前春日神社 (説明板より)当社は旧大宮前新田村の鎮守で、祭神は武甕槌命・経津主神・天児屋根命・毘売命の4柱です。当社は大宮前新 田村が開村した万治年間 (1658~1660)に、井口八郎右衛門の勧請によって創建されたと伝えられています。「新編武蔵風土記稿」には「除地二段五畝六歩 小名本村ニアリ 神体ハ木ノ坐像長五寸許 太神宮八幡ヲ相殿ニス 木ノ坐 像各長五寸許 覆屋一間半四方 内二小祠ヲ置 拝殿四間二二間南向ナリ 社前二鳥居ヲ立石燈籠両基ヲ置 当村ノ鎮守ニシテ例祭ハ十月廿二日二修ス 慈宏寺持」とあります。明治5(1872)年11月には村社となりました。本殿は明治21(1888)年、拝殿は明治10(1877)年の建築です。境内の石燈籠一対は元文元(1736)年11月の造立で、石造神鹿一対は明治27(1894)年4月に、石造神狐一対は明治33(1900)年4月に氏子が奉納したものです。社殿前の「大宮前鎮守」の石碑は、この地域の地名変更に伴って「大宮前」の地名を後世に伝えるために造立されたといわれています。また当社では、下高井戸八幡神社の宮司斉藤近大夫(文政5(1822)年生)の指導によると伝えられる「大宮前囃子」 (杉並区登録無形民俗文化財)が、例祭日に奉納されています。境内末社には、第六天神社・御嶽神社・稲荷神社があります。令和6年3月 杉並区教育委員会。
他の方もコメントされている様に下高井戸浜田山八幡の齋藤宮司が管理されている神社です。春日神社の他に、第六天神社(杉並区高井戸西)、久我山稲荷神社(杉並区久我山)、松庵稲荷神社(杉並区松庵)も管理されています。新築時のご祈祷をお願いしたことがありますが非常に親切でメールでも相談にのって頂けました。春日神社の説明を以下に掲載します。この神社は、「新編武蔵風土記稿』多摩郡大宮前新田の条に春日神社とあって「除地・二段五畝六歩・小名本村にあり、神体は木の坐像長五寸許・大神宮八幡を相殿とす。木の坐像各長五寸許、覆屋一間半四方、内に小祠を置、拝殿四間に二間南向なり、社前に鳥居を立、石燈籠両基を置、当村の鎮守にして、例祭は十月廿二日に修す、慈宏寺持」とあるように旧大宮前新田の鎮守で、大宮前開村の万治年間(一六五八〜ー六六〇)に、農民井口八郎右衛門の勧請によって創建されたと伝えられています。祭神は、武甕槌命(たけみかずちのみこと)・経津主命(ふつぬしのみこと)・天児屋根命(あまこやねのみこと)・比売命(ひめのみこと)の四柱です。本社は、明治五年十一月に村社となり、拝殿は明治十年、本殿は明治二十一年の建築です。境内末社に第六天神社・御嶽神社・稲荷神社があります。境内の石燈籠二基は文久二年(一八六二)十月の造立です。石造りの大神鹿一双は明治二十七年四月に、小鹿一双は明治三十三年四月に、それぞれ氏子の奉献といわれています。社殿前の「大宮前鎮守」の石碑は、この地域の地名変更に伴って『大宮前』の地名を保存する意図で造立されたと言われています。本社では、元下高井戸八幡神社宮司斎藤近大夫の指導によると伝えられる『早間の大宮前ばやし』が、今も郷土芸能として例祭日に奉納されます。昭和五十八年三月杉並区教育委員会。
散歩の途中で立ち寄りました。キレイに維持されています。空気が良い。
五日市街道から北に向かって参道が続く春日神社です。
五日市街道沿いで境内は広くないですが静かで落ち着きます参道には春日信仰の神使である2対の狛鹿が出迎えてくれてますが、なかなかに年季が入っていてかわいいながら趣があります拝殿はかなりしっかりした彫刻が施されていて見ごたえあります今は宮前という住所ですが、旧地名の大宮前というのを大事にされているらしく、社頭には石碑も残っていました。
神聖な雰囲気です。
鎮守様なので昔からよく御詣りします。OKストアに近いです。
日の出時間に参拝。
| 名前 |
大宮前春日神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
03-3329-0837 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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場所を考えると可能な限り自然を残している神社。五日市街道沿いで交通量が多く歩道は狭いが、神社境内は子供を遊ばせるには十分な広さがある。