江戸東京たてもの園で巡る 徳川家光の側室お振の...
旧自証院霊屋の特徴
旧自証院霊屋は、徳川家光の側室お振の方を祀った霊廟です。
江戸東京たてもの園内に位置し、独自の歴史を感じられます。
建物は味わい深いデザインで、訪れる価値があります。
1652年東京都千代田区に建築、1995年に復元された徳川三代将軍、家光の側室の霊廟です。
小泉八雲を調べていて自證院(瘤寺)との古縁を知りました。
☆凄く色彩豊かで色々な彫刻のある霊廟。徳川3代将軍徳川家光の側室「お振の方」を祀った霊廟、娘で尾張藩主徳川光友の正室「千代姫」が建立した慶安5年(1652年)の建造物、創建棟札に「大工甲良豊前守宗清」の銘あり、日光東照宮の改修にも関わった幕府作事方大棟梁である甲良家が携わった霊廟とは貴重な遺構、現代に徳川将軍家の「側室霊廟」が残っていた事に驚きました、凄く貴重な遺構😲※徳川3代徳川家光の側室「お振の方」石田三成の曾孫とは歴史の不思議⁉️
2023.12旧自証院霊屋(きゅうじしょういんおたまや)たてもの園のエントランスホールを抜けるとまず見えるのがこの霊廟。1652年に尾張藩主徳川光友の正室千代姫が、母であるお振の方(三代将軍徳川家光の側室)を供養するために、市谷富久町の自証寺の中に建てられました。極彩色の木彫りや金具の装飾が見事な建物です。日祝には扉が開放されるようです。東京都指定有形文化財。
1652年に新宿区冨久町に建てられた霊廟です。江戸幕府三代将軍徳川家光の側室であるお振の方をお祀りした霊廟となります。極彩色で豪華な彫刻が施されています。震災や戦災でこうした建物がほとんど失われてしまったようですが、現存するこのような建物を大切にしたいです。
江戸東京たてもの園 下町夕涼み2022年8月7日(日) 18:54
旧自証院霊屋。Jisho-in Mausoleum(Otama-ya).自証院の娘、千代姫(霊泉院)によって作られた霊廟。自証院はお振の方と呼ばれ、徳川家光の乳母である春日局の養女となり、大奥に老女として仕えた後に徳川家光の側室となった人物。新宿に自証院が現存するが、自証院墓は見当たらない。
旧自証院霊屋は、小金井公園内のテーマパーク・江戸東京たてもの園の中にある建物の一つです。元々は江戸幕府3代将軍徳川家光の側室・お振の方を祀るために建てられた霊廟だそうです。お振の方は石田三成の曾孫にあたります。何度か解体・移築されたようで、一時は赤坂プリンスホテルの敷地内に移築されていたこともあるとのこと。その後、江戸東京たてもの園の現在の場所で復元されています。たてもの園の中でも一際鮮やかで目立つ建物です。旧自証院霊屋の周りを囲むように通路があり、建物を正面だけでなく裏までぐるりと見られるようになっています。中には入れません。
旧自証院霊屋は江戸幕府三代将軍徳川家光の側室であったお振の方を祀った霊廟です。1652年に市ヶ谷の自証寺の中に建立され、禅宗様と和様の折衷様式で建設され、随所にごく菜食の木彫りや細かな金具が施された荘厳な建造物です。施主はお振の方の娘で、終わり二代藩主徳川光友の正室出会った千代姫です。建築には江戸時代の有力な大工で江戸城や日光東照宮に携わった幕府作事方棟梁甲良氏が関わっています。徳川将軍家を代表とした霊廟の多くは戦災により焼失してしまいましたが、旧自称院御霊屋は戦火を免れ、1960年に東京都指定有形文化財に指定されました。もともとは新宿区の富久町に立っていました。
| 名前 |
旧自証院霊屋 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 9:30~16:30 |
| HP |
https://www.city.koganei.lg.jp/smph/kankobunka/bunkazai/shiteibunkazai/siteibunkazai5.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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2024年10月訪問。案内板に「旧自証院霊屋は江戸幕府三代将軍家光の側室であったお振の方を祀った霊廟で、1652年(慶安5、同年9月に承応に改元)に市ヶ谷の自証寺の中に建てられた。禅宗様と和様の折衷様式で建築され、随所に極彩色の木彫や細やかな金具が施された荘厳な建築物である。施主はお振の方の娘で、尾張二代藩主徳川光友の正室であった千代姫である。建築には幕府作事方大棟梁甲良氏がかかわっていた。甲良家は江戸時代の有力な大工で、江戸城や日光東照宮のほか、江戸時代を代表する建築に携わっている。徳川将軍家を代表とした霊廟の多くは戦災等で失われてしまった。そのために旧自証院霊屋は貴重な文化財となっており、1960年(昭和35)に東京都指定有形文化財(建造物)に指定されている。」と書かれている。