六代御前故地の存在感。
六代御前の墓伝説地の特徴
六代御前の墓所は平氏の伝説が息づく場所です。
存在感のある大樹が印象的な静かな一角です。
川沿いの石碑からすぐにアクセスできます。
六代御前とは、平 高清といい、平清盛の曾孫で、平家直系の六代目に当たることに因んで「六代(ろくだい)」と名づけられたのです。何故、ここに墓があるのか?壇ノ浦の戦いで平家が滅亡した際、捕らえられ斬首になるところ、文覚上人のお陰で助けられ、剃髪して弟子となったのです。しかし、頼朝の死後、文覚上人が謀反の罪で流罪になると、あわせ捕らえられ、田越川にて処刑されてしまったのです。実はこの田越川の河畔は、中世では処刑場、死体捨て場だったのです。この墳墓は、江戸時代に六代の家臣であった斎藤氏の末裔を名乗る水戸藩士、斎田三左衛門尉平典盛(のりもり)(斎藤仁左衛門と間違えられることが多い)によって建てられたもので、以前は五輪塔があったのですが、壊れたので再建されたそうで、大正9年と昭和36年に修復拡張されています。一方、処刑の場所には異説もあり、また、処刑自体の事実の確証はないとされていて、逗子市役所も断定はしていません。いまは、詣でる人はほとんどいないのですが、戦前は、流行り病に効くと大勢の参詣者があったそうです。今でも霊気が漂っている感じがします。京急線逗子・葉山駅南口から南へ約500mです。トイレはあるのですが、駐車場はありません。
川沿いからすぐのところにあります。平家の栄枯盛衰の象徴的な場所ですね。
墓所ですね、寺院とかではなく完全に一つの墓所でしかないのでコンパクトですが、存在感の大き過ぎる大樹が印象的です。ちなみに特に上がっても無いので、下から眺めるのが一番美しい気がします。
六代(平高清)御前の父は平維盛です平清盛の曾孫にあたります六代の死去により清盛の嫡流は途絶えました。
逗子の田越橋から渚橋へ向かう途中の石碑「六代御前故地」を左に少し登るとある。大木に抱かれた風情ある墓碑。
| 名前 |
六代御前の墓伝説地 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.zushi.kanagawa.jp/shiminkatsudo/kanko/1004412/1007132/1007159.html |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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2025.06.29(日)