家康が休んだ静寂の地。
高野山真言宗 雲龍山 遍照院の特徴
静かな立地で、歴史を感じながら訪れることができます。
徳川家康公が立ち寄ったお寺の歴史を知ることができます。
境内のシャクナゲが美しく、四季折々の景色を楽しめます。
ご住職と坊守さんかな?がとても気さくで、ご住職は秘仏についてなどとても親切に説明くださった。赤い欄干辺りで家康は斥候の報告を待つ間、様子を見下ろしていたという話や、待つ間座っていた石も案内してくださり、歴史を感じました。鐘も撞かせてもらって、とても居心地の良いお寺です。
静かな立地です。訪問した際、ご住職が丁寧に説明をして下さいました。御本尊(不動明王)は秘仏で、お顔を拝見することはできませんが、ご住職のお話しから想像が膨らみました。ありがとうございました🙇境内には石楠花がキレイに咲いていました。
知恩院に向かい伊賀越えで休憩をとる家康は「雲龍白紅梅」を観賞。本能寺の変で織田信長が亡くなったことを知った家康。このまま知恩院に行くか岡崎城に戻るか思案する。「どうする家康」である。此処は家康が梅を愛でたとする遍照院です。住職がその事を多くの人に知ってほしく自費で幟を掲げています。なのでグーグルマップでは「遍照院」のみの表示であるが、ここは1つお寺の名前も詳しく知って欲しく「高野山真言宗 雲龍山 遍照院」と修正しました。歴史や家康の腰かけの石や八重紅梅だけでなく、お寺の歴史にも興味を持って欲しいです🙏🙇
徳川家康公伊賀越えの際に立ち寄ったお寺です。ご住職から丁寧にお話を伺うことが出来ました。国道307号線沿いに案内があり、狭く急勾配な道ですが、すぐでした。来年の大河ドラマで訪れる人が増えるでしょうね。
見晴らしも良く、境内裏のシャクナゲがキレイでした。住職さんと奥さんが気さくで気持ち良い挨拶をしてくれました。帰りにペットボトルのお茶までくださり、ありがとうございました。また、再訪したいと思います。
本能寺の変の際、大阪に居た家康は駿府に戻るのに、ここ宇治田原を抜けた時にこちらで休憩を取ったとの謂われ。寺院内にその際腰掛けた岩もあります。
307号線を走ると、寺院の看板、山道を登ると商工会の説明看板。皆さんも一度訪れると良い。何と、ビックリだ!あの徳川家康が神君伊賀越えの道中に立ち寄ったと有る。更に庭の老梅がシーズンになれば見事らしい。なる程、一寸庭を見させて頂こう。貫禄の老梅、デカイ高野槇(松)や吊り鐘堂等を見て帰路に向かうと、ご住職様とばったり。すみません、勝手に庭を見させて頂きました。何処から来なすった?…それなら本堂の仏様に会って行きなされ。戸を開けて、本堂に明かりをつけて、いやぁ親切にしてもろたわ😃世間話から、庭の手入れやお寺の商売や後継ぎの話やら…お礼を言って帰る時、これもお導きかもとか…言えなかったけど2023の大河は"どうする家康"それも松本潤という超人気者、伊賀越えは本能寺の変と合わせて必要シーン。もしお導きが有るならば、遍照院にと思いきや✋
和尚さんのありがたい講和が聴けました。「本能寺の変のあと、徳川家康が自国・三河に逃げ帰る時、立ち寄ったと伝わります。」
| 名前 |
高野山真言宗 雲龍山 遍照院 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0774-88-3521 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
もよりのバス停に行く為に京阪バスの宇治茶バスと1dayチケットを活用しました。このバスは土日祝のみ京阪宇治駅を始発として運行され、駅前の観光協会でのみ1dayチケット買えます。遍照院は、茶屋村というバス停から歩いて5分程のところにあります。真言宗の寺院で、境内にある腰かけ石は神君家康公が伊賀越えを行う前に立ち寄り坐ったと言われています。その隣に家康が鑑賞していたという枝がうねる姿が龍に見えるということから名づけられた梅の木「飛龍紅梅」があります。本尊の不動明王は50年に一度の秘仏で、本堂内の厨子は扉がしまり、前の開帳は1988年に公開されたようで次は2038年ということになります。裏側の墓地に町指定文化財の無縫塔あり。御朱印は庫裏でいただけますが、書置きのみで、専用の紙に挟まれています。待っている間にパンフレットもいただけました。駐車場もあります。この寺院に来た道に引き返し、反対側の道から歩いて「正寿院」に向かいました。正寿院から宇治駅まで戻る次のバスまで2時間近くあるので時間的に余裕があり、遍照院→正寿院と徒歩で迎った方が楽しめると思います。