馬頭観音と七日堂参り、郡山の心。
如宝寺の特徴
郡山駅から徒歩約15分、立派な門が印象的なお寺です。
毎年の七日堂参りには10万人以上が訪れる賑やかなイベントです。
石造笠塔婆や板石塔婆など、文化財が多数所蔵されています。
今年の7/13(土)、7/14(日)は馬頭観世音祭りで盆踊りが行われたとSNS等で拝見しました。中学生頃だったか、祖父に誘われ早起きしてバスに乗りお正月に七日堂参りをして、祖父は必ず新しい「まさる」を求めて神棚へ飾ることが恒例でした。随分とご無沙汰していたと振り返ります。お寺の建て替えで秋頃完成とのご案内もありました。また、女性達が観音堂のお掃除をしていました。寺務所で書き置きの御朱印をセットで拝受。お参りをして、国宝殿の前に立つと、音声案内が開始されて、じっくりと聞き入りました。大変ありがとうございました。
1月7日人の流れに誘われて、寄らせて頂きました。銅鐘も撞かせて頂きました。 消ゴムで前向きの人を消したので不自然な所が有ります。
立派な門と広い墓地を持つお寺です。郡山駅から徒歩圏内。駐車場も広いです。門のそとには美しい庭園があり、きれいに紅葉していました。建物の一部は今改装中のようです。門や建物を装飾する木製彫刻が美しい。
郡山駅からは歩いて一五分ほどで、国の重要文化財に指定されている石造笠塔婆、板石塔婆を所蔵しています(こちらのホームページ、看板等では「国宝」と表記されていたりしますが、いわゆる「旧国宝」です)。これらは重要美術品の銅鐘(いぼなし鐘)と共に国宝殿に展示されています。なお、石造笠塔婆は二〇二一年に発生した福島県沖地震で破損して現在修復中で、国宝殿には土台だけが展示されています。戊辰戦争の戦火により仁王門を除き全山焼失の憂き目にあったため、建築物に見るべきところはあまりありません。本堂は立派なものの、イベント時に限って公開されているようです。重要文化財と言えども万人が見て楽しめるものではありませんが、時間に余裕があるなら見ておいて損はありません。
七日堂まいりで有名な場所です。今年も屋台がでていて達磨を買いました!7日の日には七草がゆがありました。
毎年1月6日から7日にかけて行われる「七日堂参り」には大変たくさんの人が出ます。露店も並び賑やかです。
昔から大切にされる地域のお寺さん。とくに毎年1月6日7日に開催する七日堂参りにはたくさんの人たちが訪れてとても賑わいます。普段はそれほど人は少ないのですが、街中にあるけど境内に踏み込むと静けさを感じるパワースポットのような感じがします。
郡山歴史史跡の妙宝寺。境内には、重要文化財の仏閣が並ぶ。裏には、隠れ転び切支丹の墓石もあり、此方も重要文化財。立派な仁王門、山門が迎え入れてくれます。桜は、散ってましたが、満開時には見応えある境内を散策できると思います。
落ち着くお寺です。七日堂参りが有名。1/6~7は縁起物や食べ物の露天がたくさん並びます。
| 名前 |
如宝寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
024-922-0607 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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福島県郡山市堂前町にある、真言宗豊山派 如寶寺の御本尊・大日如来と、観音堂に納められた馬頭観音の書き置き御朱印を頂きに参拝しました。いにしえより郡山の中央高台に位置し、平安朝時代の古瓦、鎌倉時代の古碑、明治の先覚者位碑などが保存され、千余年もの年月を数える由緒ある寺院とのこと。この如寶寺の縁起は807年(大同2年)、この地を治めていた虎丸長者がはるばる巡って京に上り、平城天皇に拝謁を賜った際、馬頭観音の尊像を郷土住民の守護仏として御下賜されたことに始まります。長者は守り本尊として現在寺が建つ地に観音堂を建立。現在の郡山市中町に庵を結び、徳望が高かった笹久根上人を招いて荘厳な開眼供養をあげ、大衆に布施しました。上人は御本尊・大日如来を奉じて庵室を観音堂境内に移し、“如寳寺”と称して観世音を守護し奉ったと伝えられています。草創の古さは先程も書いたように、平安・鎌倉期の古瓦、国宝古碑等により証されていますが、のちに後冷泉天皇の御代となる1051年(永承6年)に、前九年の役で源頼義・義家親子がこれを東征し、勝利し凱旋した1062年(康平5年)に至るまでの12年間のうちに、郡衙のあった郡山の街も戦乱に巻き込まれて虎丸長者も亡びましたが、観音堂と如寳寺は遠近にその名を知られ、以後郡山の発展とともに繁栄し、東北に冠たる名刹として信仰を集め現在に至っています。御朱印はこの仙頭三十三観音霊場の馬頭観音と、安積三十三観音霊場の大日如来のものが見開きで書かれた書き置きのものしかどうやら無いようで、どちらか片方だけというのは出来なかったです。最寄り駅はJR東日本の東北本線・郡山駅となります。