戸塚駅近!
清源院の特徴
浄土宗の徳川家由来の寺院で、歴史を感じられるお参りができる場所です。
本尊は珍しい歯吹如来で、ユニークな姿を拝むことができます。
東海道本線の戸塚駅前にある、芭蕉句碑の存在も魅力的です。
お参り、御朱印。駐車場あり。ご本尊は阿弥陀如来正式名称は南向山清源院長林寺御朱印にある歯吹如来とは歯を少し見せた阿弥陀如来(または阿弥陀如来像)のことをいうそうです。
2023/01/28此処は、浄土宗 南向山 清源院 長林寺。清源院の縁起は、徳川家康の側室 清源院尼(俗名を於満の方)が仕えを辞して生家の岡津に閑居していたが、家康の危篤を聞いて駿府に駆けつけた際に阿弥陀如来像を拝領、家康の死後出家し、元和元年(1615年)、当地に清源院を創建したと伝えられる。その縁により、本堂には徳川家の家紋「三葉葵の紋」が付いている。広い駐車場の隅(道路側)には、何故か小さい社(神社)が有る。本堂前/脇には多くの石塔/石碑が有る。①芭蕉の句碑:戸塚は昔から俳句が盛んだったらしい。俳句には縁が無いが、芭蕉の句を見るのは戸塚区内だけでこれで3箇所目となり、おかげで俳句に親しみが出てくる。清源院:「世の人の見付ぬ花や軒の栗」富塚八幡宮:「鎌倉を生きて出でけん初鰹」霊水池:「草いろいろおのおの花の手柄かな」②心中句碑:まったく不明。③庚申塔:角が大きく欠損しているが、かろうじて「元禄九年」とわかる。1696年の建立。寺で庚申塔を見かけることは、多くは無い。④手水舎の蛇口:多くは「龍」だが、此処は「魚」型。初めて見る。⑤鐘楼堂:きれいな鐘だ。資料の説明では、鐘は安永三年の鋳造となっているが、昭和40年製らしい。元のは戦時中の金属供出で持って行かれたのだろうか。鐘を撞く面には何が彫って有るのか見ると、「南無阿弥陀佛」とある。鐘楼の有る一角には、いくつかの石塔や石碑が有る。多くはこの寺院の歴代の住職(上人)のための碑らしい。⑥石塔:名も知らぬ巨大な円柱の塔が有る。戸塚宿の講中が文政元年(1818年)に建立したもの。当山17世とある。⑦石碑:「勁堂上人乃碑」、これも巨大な石版の碑。「勁堂上人碑銘 正五位子爵高木正善 篆額(てんがく)とある。明治22年の建立。明治の文は読めないので、書いてある内容はよくわからない。頌徳碑(しょうとくひ)だろうと思う。因みに、この碑の題字を書いたとされる高木正善(たかぎまさよし)は、江戸時代後期の大名。河内国丹南藩13代(最後)の藩主(知藩事)。官位は従五位下・肥前守。明治維新後は子爵。 官位は「従五位下」とされているのが「正五位」とは如何に。(寺に関係無いところに関心が向く)
本尊は歯吹如来といい、口を開いて歯をお見せしている珍しい阿弥陀仏です。徳川家康の側室であった於万の方が開いた清源院ですが、源頼朝の側近であった安達盛長の一族に縁のあるお寺でもあり、様々な歴史を感じられます。
ハート型見つけました。御朱印を頂いた際に部屋を暖かくしてくださり心もホッと温かくなりました。暖かく迎えて頂き感謝。ハートも見つけてハッピー日々是好日。清源院に行って良かったです。
東海道本線〔戸塚〕駅前の〔清源院〕に芭蕉句碑がある。世の人の見つけぬ花や軒の栗この句は、元禄2年(1689)〔奥の細道〕の旅において須賀川で詠まれた句。(東海道の芭蕉句碑 ⇒ 横浜市戸塚区 富塚八幡宮)
| 名前 |
清源院 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
045-862-9336 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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