秀吉の夢、一夜城の絶景。
石垣山一夜城の特徴
豊臣秀吉が築いた城跡で、歴史を肌で感じられる場所です。
展望台から小田原城と相模湾の美しい眺望が楽しめます。
ボランティアガイドの案内で、石垣山城の歴史を深く学ぶことができます。
「一夜」というのは勿論レトリックですが、大きな石が並んだ野面積みの石垣を見ると、約60日で築城されたというのは本当に驚きです。北条氏からは見つからないように築城されているという割に石垣がしっかりしているのは、防御という意味合いもあるでしょうが、威圧感を示す(見せる)という意味もあったのかなと感じました。石垣山からは小田原城はしっかり見えており、良い立地だなあとつくづく実感しました。ジオパークの案内にも書れていましたが、小田原のある足柄平野一帯は北米プレートとフィリピン海プレートの境界で、北条攻めは天下分け目の戦いというのは上手く言ったなと感じました。近くまで道路や駐車場が整備されており、車でアクセスしやすくなっています。
「石垣山一夜城」は正式には石垣山城といい、1590年の小田原合戦で、豊臣秀吉が小田原北条氏を攻める際に本陣として築いた陣城です。小田原市街を一望できる笠懸山に築かれました。「一夜城」という名は、森を伐り払っておいて工事の様子を北条側から見えないようにし、仕上げの段階で一気に木を伐り倒して、まるで一夜にして城が現れたように見せたという伝承からきています。現在は「石垣山一夜城歴史公園」として整備されています。箱根湯本側から訪問しました。くねくねとした道を上っていき、「石垣山一夜城」の駐車場に車を停めました。駐車場は広くトイレもあり便利な所です。駐車場からも立派な石垣跡が見えて、「陣城」でありながら本格的な山城としての構えであると感じさせたられました。短期間でここまで作らせた秀吉の凄さを実感させられました。本丸跡近くの展望台から小田原市街と相模湾が一望できます。後世「小田原評定」と呼ばれ会議をしている小田原方の心理はいかがなもんだったのかを考えさせられました。ここは小田原攻めに遅れた伊達政宗の白装束によるパフォーマンス・服従、そして秀吉の全国統一完成と日本の歴史を突き動かした場所でもあります。帰りは、小田原漁場に向けてほぼ真っ直ぐ山を降りていきました。ここを小田原観光のメインとすることをお勧めします。
一般に「秀吉の一夜城」と呼ばれるものは、大きく二つあります。①岐阜県大垣市墨俣町にある、秀吉の出世の原点となる永禄9年の美濃攻めの砦となった『墨俣一夜城』②神奈川県小田原市にある、北条氏の 小田原城を包囲した拠点となった 天正18年の小田原攻めの本格城である『石垣山一夜城』今回訪問したのは②です。『一夜城』とは言われていますが実際には80日程度かかったようです。林で隠して築城し、完成後に木を一気に伐って、北条方に「一夜で城が現れた」ように見せたことから名が付いたということです。小田原城を包囲するため、早川村笠懸山に築いた陣城で、豊臣方の大軍を統率する本営であり、全国の諸大名がここに参陣。現在は、国史跡「石垣山一夜城」として、本丸や各曲輪の石垣、地形構成などがよく残り、戦国末期の陣城としての姿をたどることができます。石垣山に行くには「歩くこと」自体に興味のある人はともかく、「じーさん」のように途中に「ビール」だとか、「ラーメン」だとかご褒美が先にないとちょっとね...という人は厳しいです。ただ、そういった人にも土日、祝日には巡回バスが小田原から出ているんです。ちょうど今回回るコースが網羅されているので利用すると良いです。私は9:30分の始発に乗っていきました。20分ほどで...バスの行程をゆられながらぼ~っと見ていましたが、やはりバスで正解😏歩かなくてよかった...『よろいづかファーム』のバス停と同じです。世界的にも有名なパティシエであるよろいづか氏(かの故「川島なおみ」さんの夫ですね)のお店があるんです。レストランは予約しないと厳しいですが、ケーキは購入できます。シュークリームくらいは購入して...とは思ったのですが、バスの時間でダメでした😥バスを降りるとすぐそこに石垣がデ~ンとあります。あくまで城跡ですから、どこまで行っても石垣と跡なんですが、結構立派な遺構がのこっていてそのわずかな期間に築城された城を見て北条氏が降参するのも頷けます。だって、 秀吉は22万とも言われる大軍で小田原城を包囲した上、普通の城を短期間で築城したのですから。遺構としては、本丸・二の丸などの曲輪跡周囲をめぐる石垣や虎口井戸跡や建物礎石跡といったものが確認され、当時の規模感や軍事拠点としての性格をつかむことができます。
石垣山一夜城 は、1590年(天正18年)、豊臣秀吉が小田原攻めの総仕上げとして築いた本陣の城です。「一夜城」という名前が有名ですが、実際には約80日をかけて築かれたもの。周囲の木々で工事を隠し、完成のタイミングで一斉に伐採したことで、北条方には“ある日突然、巨大な城が現れた”ように見えた――そんな劇的な演出がこの名の由来と伝わります。この城は、日本で初めて本格的な総石垣造りを採用した城の一つともいわれ、後の近世城郭の原型となった存在です。天守に相当する櫓跡からは小田原城や相模湾を一望でき、秀吉はこの圧倒的な眺望を利用して、兵力と財力を“見せつける”心理戦を展開しました。さらに石垣山には、秀吉らしい華やかな逸話が数多く残ります。戦国の陣中では異例にも、正室の 高台院 や側室の 淀殿 をはじめ、多くの女性を呼び寄せ、茶会・能・歌舞伎踊りなどの催しまで開いたと伝えられています。戦場でありながら文化サロンのような空間をつくり出す――まさに“天下人の演出”そのものです。また、小田原攻めの最中には、後世まで語り継がれる有名な逸話もあります。秀吉と 家康 が並んで用を足していた際、秀吉が何気なく「関東へ移ってみてはどうか」と切り出したという話です。家康はその意図を即座に理解し、「命とあらば従います」と応じた――というもの。ただし、この“連れション”逸話は軍記物に由来し、史実として確認できる一次史料はありません。一方で、小田原攻め後に家康が関東へ移封されたこと自体は確かな歴史です。小田原城が開城した1590年、約100年続いた戦国時代は終息へ向かい、秀吉の天下統一が完成します。現在の石垣山一夜城跡には、当時の石垣や井戸、曲輪が良好に残り、展望台からは小田原市街や相模湾を一望できます。「一夜で現れた城」「戦わずして勝つための城」――そんな歴史ロマンを感じながら歩けば、秀吉のスケールの大きさを肌で感じられるはずです。
早川駅から徒歩で行きました。GoogleMAPに案内されるがまま行きました。道が二股に別れていましたが、車一台通れるぐらいの細いほうに案内されました。きつい上り坂が1キロ以上延々と続き、誰ひとりすれ違わないのと野生動物が藪の中でカサカサ音をたてるのが少し怖かったです。坂を上りながら振り返ると小田原の景色が見えてとても綺麗でした。50分ぐらいで坂を上り切ったと思います。一夜城の跡地には井戸曲輪跡や石垣など城の痕跡があり見ごたえありました。次行く時があればタクシーや車なら10分かからないようなのでそうしようと思います。徒歩はきつかった。
城址入り口に駐車場があり、そこから歩きます。少し山道があるけれど、アップダウンはそこまで激しくなく、舗装されたところも多く本丸までは行きやすいかと思います。展望台と本丸から見下ろす小田原城下と相模湾の絶景は豊臣方の気持ちになりつつも、ここから包囲された北条方の気持ちを思うとせつなくなります。石垣や本丸、二の丸など当時の雰囲気を感じられてとてもよかったです。小田原城に行ったら、こちらも行くことをおすすめします。
一夜城下通りから少し細い急坂を2㌔程登ると駐車場に着きます。水曜日だったので鎧塚ファームはお休みでした。一夜城跡はよく整備されていて小田原方面の眺望が素晴らしかったです。少し岩がゴロゴロしている道もあるので足元には注意して下さい。
正月の訪問。特に何かがあるわけでも無い城址公園。高低差があってバリアフルなので祖父母同伴はよく考えて。トイレは駐車場と公園内にもあります。土産屋は無し。鎧塚氏のカフェがありますが、小田原っぽい土産はありません。
一夜城という名の如く、この土木を短期間で築城されたのは、やはり秀吉殿らの権勢、知略を目の当たりに肌に感じます。史跡として天守台、本丸跡、二ノ丸、井戸曲輪、それらの石垣が現在にも残され見れるのは圧巻です😊なお駐車場は無料です。
| 名前 |
石垣山一夜城 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0465-23-1373 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.odawara.kanagawa.jp/public-i/park/ishigaki-p.html |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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早川駅から徒歩約1時間で到着しました。ずっと登り坂でちょっとした登山の覚悟が必要です。途中戦国武将の絵図が有って歴史好きにはたまりません。石垣は忠実に保存されています。