引地川公園隣接、由緒ある神社へ!
大庭神社の特徴
引地川親水公園に隣接した神社で、由緒ある古社の魅力が感じられます。
階段の踏面がフラットでないため、少々の冒険心が試される場所です。
梅やツバキが美しく咲く静かな環境で、心穏やかにお参りができます。
引地川親水公園から階段を上がるとたどり着きます。鐘は自由につくことができます。(やさしくついてね)
◆「引地川親水公園」の散策で、必ず立ち寄る神社。◆ 樹木に覆われた静寂の環境と急傾斜の長い階段が素晴らしいです。
実はかなり由緒がある神社。平安時代に編纂された延喜式という書物にも登場します。静かな雰囲気がとても気持ちのいいところです。多くの地元の方が参拝に訪れています。ウォーキングやサイクリングで訪れる人が多く、私が行った日も普段の秋の平日の午前だったのですが何人もの人に出くわしました。大庭の森の中に続く参道を進んでいくとやがて森の中に現れる社殿。ちょっと神秘的✨地元の人に愛されているのでしょう、手作りの風鈴が参道にいくつも備え付けてあったり子供たちがどんぐりを石灯籠にのっけてあるのを見かけました。境内にはゴミひとつなく神主が常駐していない神社にも関わらず清潔感のある境内で気持ち良かったです。ウォーキングやサイクリング、引地川公園に来た際にぜひとも立ち寄ってみてほしい素晴らしいスポットです。
引地川方面から来ると階段に手すりがあるから安心かと思いきや,手すりのある階段を登りきるとハイキングコースのような土の道になり,また別の階段が現われます.この階段は踏面がフラットではなく,手すりもないので厄介です.相模の式内社巡りをしている方に情報ですが近くの舟地蔵バス停から宇都母知神社近辺まで一気にショートカットで行けるバスがあります.
子どもの頃お爺ちゃん家来たとき川遊びしてました。大人になってまた、神社に来ました駐車場無料です。
引地川親水公園を歩いていると山側に鳥居があります。まっすぐの急勾配な階段を登ると大庭神社があります。たまに鐘の音が聞こえていたのはここにある鐘を鳴らしていたことがわかりました。私も鐘を鳴らしてみました。鐘の音を聞くと心が洗われるような気がします。御奉仕ほうきと書かれた竹ほうきがおいてあります。私も枯れ葉を集めて見ました。
口コミを見ていたので、ナビで案内された通りいくと車一台しか通れない細い道を車で、行きましたが、神社にはたどり着けず、結局、親水公園の方にまわっていきました。駐車場からすぐで、びっくりしました。あの遠回りはなんだったのだろうかと。神社には、風鈴がかざってあり、音がとても綺麗でした。
実はかなり由緒がある神社。静かな雰囲気がとても気持ちのいいところです。
静で心穏やかにお参りできる地元の守り神です。
| 名前 |
大庭神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
大庭神社(おおばじんじゃ)。神奈川県藤沢市稲荷。式内社(小)。江戸時代には「天神宮」、「大庭大明神」、「大庭天満宮」と呼称されていた。主祭神:神皇産靈神(配祀)菅原道眞、大庭三郎景親資料によると、周辺には宿庭(鵠沼)、代官庭(福田)、家中庭(葛原)、上庭、中庭、下庭(菖蒲沢)など「庭」のつく地名が多い。それらの地域は平坦な場所を指している。大庭も広大な平坦地という地形が地名となつたものであろう。創建以降、近世までの社伝は何も存在しない。安永6年(1777)10月に神祇伯資顯王によつて配神大庭景親が勧請され、天明3年(1783)秋に諏訪部定太郎、山崎六郎兵衛包高らの願によつて菅原道真が配祀されたという。神仏分離まで大庭神社の裏手の成就院が管理していた。とあります。参考として、創建以降、近世までの社伝は何も存在しないとあるので、関係筋として大庭三郎景親について調べてみると、大庭三郎景親は、神祇伯資顯王によって大庭城を拠点としていた、平安時代末期の相模国の武将です。平家の忠実な家人で、治承4年(1180年)に源頼朝が挙兵すると平家方の武士を率いて石橋山の戦いで頼朝を撃破しました。しかし、安房国へ逃れた頼朝が再挙して多くの東国武士とともに鎌倉へ入ると、抗する術を失い、富士川の戦いで平氏が敗れたのちに降伏し、処刑されました。とあります。