宮津の御城、歴史を感じる。
丹後 八幡山城の特徴
丹後国御檀家帳に記載された由緒ある城跡です。
小倉氏の居城としての歴史を感じられます。
宮津の御城と称される古い伝承が残っています。
築城時の城主は不明とのこと。天正7年(1580年)、信長の命により細川藤孝、忠興入城。翌年の宮津城の築城により移城。もう3年ほど前に登城しました。城説明板のある八幡宮の鳥居付近に駐車して登りました。八幡宮を通過していくつかの曲輪過ぎると石垣があり眺望のよい本丸。藤孝さんもこの景色きっと見たんだろう。鳥居から本丸まで約20分でした。
| 名前 |
丹後 八幡山城 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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『丹後国御檀家帳』には、「国の御奉行」の小倉氏の居城として「宮津の御城」の記載があります。この小倉氏は一色家家臣で丹後を3分割にて宮津方面を治めていた武将。当城跡は、上宮津城跡と並んでこの「宮津の御城」の候補の一つとなっています。近世地誌類には、当初一色五郎満信(義定)の居城で、その後細川藤孝がこれに替わったと記載されています。この頃の丹後は弓木城に一色家、宮津市は細川氏が丹後を2分にして統治していた。その後一色氏は細川氏に滅ぼされる。当城跡は、石垣の存在から細川氏が宮津城を築くまでに入城していたことが確実と思われており、石垣は、丹後で希少なだけでなく、構築時期が限定できる重要なものです。当城跡は、丹後地域で最大規模の城館で、保存状況や遺構の状況からみても丹後地域を代表する非常に重要な城館となっている。駐車場は神社横に完備されているので困る事は無い。これ以外にも登上する場所はありますが、ここから上がるのが一番ですよ。