歴史と桜が彩る南部町。
南部氏館跡の特徴
春先には富士川堤防の桜が美しいスポットです。
南部町の歴史を学べる説明板が設置されています。
民家の敷地内に位置する独自の雰囲気があります。
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春先にはすぐ裏の富士川堤防沿いの桜が綺麗。
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民家敷地内に所在。
南部町史跡で説明板があった。井戸跡だけが残ってる(^-^;スグ横は富士川で南部城山が目の前に。モチロン山城へレッツドーンヽ(^。^)ノ。
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| 名前 |
南部氏館跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
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南部氏館跡所在地 山梨県南巨摩郡南部町南部訪問日 2024/6/16南部町は南部氏の発祥の地とされ、城山を中心に歴史遺産が広がっています。南部氏は甲斐源氏の祖•新羅三郎義光公の後裔で、加賀美次郎遠光公の三男•三郎光行公が此の地を領して「南部」の地名を姓としたことに始まります。三郎光行公は、源頼朝公に仕え文治5年の奥州藤原氏の討伐に戦功があり、陸奥国糖部の地(現在の青森県から岩手県の一部)を与えられ子孫は奥州に移り南部藩として明治に至るまで永く栄えた。館跡は、現在は井戸を残すのみで当時を偲ぶ事は出来ませんが、享保時代の記録に依れば「屋敷は、東西一丁余り、南北四十間、土塁•,泉水•堀があったが今は埋められ窪地になっている。北方には、差し渡し七尺の掘り抜き井戸が残り伝々」とあります。南部三郎光行の子等は、第三子の「実長」を残して奥州に移ったそうだが、この館がいつ頃まで使われていたかは定かでないようです。御城印は「道の駅なんぶ」で戴きました。値段は301円でした。騎馬像も道の駅にあります。