亥鼻城跡での桜と歴史。
亥鼻城跡の特徴
亥鼻城跡で行われるさくら祭りは、屋台が出店し、座って楽しめます。
ライトアップされた亥鼻城は、訪れる観光客に幻想的な景観を提供します。
千葉市文化財に指定されたこの歴史的な城跡は、源頼朝ゆかりの地です。
ずっと以前から千葉城だと思っていました城主が千葉氏歴代になっていたので千葉さわからの千葉県⁇になったのでしょうか…あの辺りの住所が亥鼻になってるのも知らなかったです亥と猪で漢字が異なっているのも不思議…2025年8月13日時点では郷土資料館は改装中でおやすみでした千葉県千葉市中央区亥鼻町 (郷土資料館・亥鼻公園)築城者\t千葉常重主要城主\t千葉氏歴代遺構\t土塁、堀切、模擬天守。
亥鼻城(いのはなじょう)は、千葉県千葉市中央区亥鼻(旧:下総国)にあった日本の城(平山城)です。文化財報告書では「猪鼻城」の表記がみられます。通称は千葉城。周辺は亥鼻公園(歴史公園)として整備され、土塁、堀切などが現存する城跡は市の文化財に指定されています。
モノレールの県庁前から徒歩5分から10分程度です。お城がありますが、この建物は模擬であり、このような天守閣が実際にあったわけではないので、実際にはお城の形をした博物館になっています。なお、2025年現在、博物館は休業となっています。桜の季節は、周囲の桜がとても綺麗です。
初めて訪れた千葉城のさくら祭り🌸屋台が程よく出ていて、座って食べることもできます。少し離れて見ると、城下町をみているようで感慨深かったです。高台にあるので長い階段か、お城の周りをぐるっと回って行く感じ。城内のパーキングには停められませんでした。近くのコインパーキングに停めて登る感じです。
さくら祭り中は亥鼻城(市郷土博物館)がライトアップ。駐車場はあるが、駐車台数が少なく、無料駐車場はありません。公共交通で行くことを勧めます。
千葉市文化財に指定されているこの城跡は、源頼朝が挙兵した時に東国武士団の中心であった千葉氏、千葉常重によって築かれました。現在は、亥鼻公園として、模擬天守閣が築かれており、お茶屋のある市民の憩いの場となっています。公園内には土塁、堀切跡があり、城跡であった面影が残っています。
亥鼻公園、亥鼻城址、千葉市立郷土博物館をお伺いさせていただきました。一応亥鼻公園の中に城跡があり、復元天守閣の中が郷土博物館になっています。千葉モノレール県庁前駅から徒歩10分少々、JR本千葉駅から徒歩15分ぐらいです。因みに千葉神社からも徒歩10分ぐらいです。亥鼻公園の高台に復元天守閣があります。とは言っても鎌倉時代などに天守閣はないので、あくまでも観光用に建てたようです。中は郷土博物館で5階建てでエレベーターもあるので便利ですね。入場料無料。1階が受付、企画展示室、講座室。2階が千葉市の歴史を概観できる歴史年表などがあります。3階が常設展示室、千葉氏の興亡と妙見信仰、武器防具や天文資料などを展示しています。4階が近現代の千葉、明治、大正、昭和の千葉市について展示しています。5階が展望室、高台にあり、5階なので見晴らしは良いですね!館内は撮影OKな場所とNGな場所が同じフロアで混ざっているため写真はあまり撮れませんでしたね。ただ、無料で大昔から現代まで貴重な資料と説明文を見ることが出来るのは非常に有難いですよね。復元とはいえ天守閣も素晴らしいですし。あと、公園内の茶屋で御城印も拝受出来ます。
千葉市中央区。亥鼻城は別名を千葉城と言います。この城を築いたのは千葉常重とされています。千葉氏は源頼朝から絶大な信頼を得ていた関東有数の豪族です。1126年、千葉常重は、上総国の大椎(現在の千葉市緑区)から下総国の亥鼻の地に城を移しました。以降330年(13代)にわたってここが千葉氏の拠点であったと言われています。しかし、本当にここが千葉氏の本拠であったかは謎が残るそうです。南北朝時代まで武士の館は低地にあったとされ、千葉氏の館は現在の千葉地方裁判所の場所にあったとされ、実は亥鼻城は家臣の原氏が戦国時代に築いたという説が有力です。ただし、千葉氏が1126年に亥鼻に移ったことは事実とされ、常重が移って900年目に当たる2026年には、千葉開府900年のイベントが計画されています。なお、亥鼻城跡に建つ天守閣は小田原城を参考に作られた模擬天守です。小田原城の城主・後北条氏は戦国時代に千葉氏と同盟を結んだという「縁」があります。天守の前にある騎馬像は第3代当主の千葉常胤。彼は源頼朝の元で大活躍した武将で、千葉氏の地位を豪族から御家人へと押し上げ、鎌倉幕府成立にも貢献しました。
| 名前 |
亥鼻城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
043-245-5962 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.chiba.jp/kyoiku/shogaigakushu/bunkazai/inohanajoseki.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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亥鼻城跡(千葉市指定文化財)は、千葉モノレールの県庁前駅の東500mほどの千葉市中央区亥鼻にある城跡です。周辺は亥鼻公園(歴史公園)として整備されています。亥鼻城(いのはなじょう:千葉城)は、鎌倉幕府を開いた源頼朝の挙兵に際し、いち早く参陣して東国武士団の動向に大きな影響を与えた千葉常胤の父である千葉常重が平安時代の大治元年(1126年)上総国大椎城(現在の千葉市緑区大椎町)から拠点を移し、下総国(現在の千葉市中央区亥鼻付近)に居館を構えたと言われます。ただし、館の痕跡は確認されておらず、遺構として残されている土塁や空堀の特徴から、実際には戦国時代の城跡であると推測されています。永正13年(1516年)亥鼻城は原胤隆の子である範覚のときに三上氏の攻撃を受け、弥富原氏と見られる原蔵人が討ち死にしているので、亥鼻城は原氏によって築城・維持されたという説があります。文久元年(1861年)には千葉八景「猪鼻山の望月」に選定されていて、古くから名所・旧跡として親しまれていました。明治42年(1909年)公園として開放されました。昭和34年(1959年)面積10,293平方mの歴史公園である亥鼻公園として整備されました。昭和42年(1967年)亥鼻山の中腹に千葉市立郷土博物館(模擬天守)、いのはな亭(茶室及び庭園)が建造されました。突端の構造が猪の鼻に似ている、あるいは亥の方角を向いていることから、亥鼻の名があります。主郭部の突端にかつての物見台跡の神明社が鎮座していて、二の郭跡に郷土博物館と千葉常胤像が建立されています。郷土博物館の間にほぼ唯一の遺構として土塁が残ります。模擬天守である『千葉市立郷土博物館』は、昭和42年(1967年)に「千葉市郷土館」として開館しました。昭和58年(1983年)「千葉市立郷土博物館」と館名を改め、主として歴史・民俗系の博物館としました。千葉市および千葉氏に関する常設展示のほか、企画展示も行っています。敷地面積8748.59平方m、建築面積756.13平方m、建築延床面積2416.29平方m、展示延面積1230.86平方mの建築規模です。