緑に包まれた静かな鎮守、応神天皇の神社。
瀬戸ヶ谷八幡社の特徴
幼稚園の隣に位置する、緑に包まれた神社です。
国道1号線から八幡橋を進んだ先にあります。
気さくな神職さんが御朱印を受け付けています。
幼稚園の隣でって、幼稚園の建物がデカくて小学校かと思った。幼稚園から元気な騒ぎ声が聞こえる。大変よろしい!参道の右側の横道、赤い建物、これはお稲荷さんだよな。さらに道が続いており、物置かと思ったら、岩のゴツゴツ、水でも湧いてるのかな。村が干上がってたら、ここの水は大丈夫だった伝説でもあるのかな。さらに階段があり、登ると小さい社が。忘れずにお参りしたい。遠くに桜木町のランドマークタワーが見える。あっ! リスだ。本殿の左側の大きい木の周辺にいる。電線もつたって、幼稚園の横の緑に入っていった。2匹いるようだ。
御蔡神 応神天皇創建 不詳。
保土ヶ谷に住んで数年、氏神様に挨拶が出来てなかったが今年初めて訪れた。鳥居を堺に空気が変わり、狛犬様の前辺りでほんの一瞬だけ恐怖を感じた。もしかしたら軽く叱られたのかもしれない。小さく静かだがナニかを感じさせる神社だった。
国道1号線から八幡橋を進んだ、緑に包まれた神社です。
静かな鎮守って感じ。
2018/12/19参拝(御朱印受)気さくな神職さんが応対。初穂料を受け取らず、新年の神社暦をいただきました。
ちょっと場所がわかりにくい。
| 名前 |
瀬戸ヶ谷八幡社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP |
http://www.k-jinja.jp/seinenkai/jinja_mypage.php?file=YKH-SETOGAYA |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
〒240-0024 神奈川県横浜市保土ケ谷区瀬戸ケ谷町137 |
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2024/4/18瀬戸ヶ谷八幡社の創建は文保2年(1,318年)と伝えられている。永田北の方から首都高K3を横切って来たが、わかり辛かった。国道側から来れば容易なようだ。ここに来た理由は、投稿写真に興味深いものが写っていたため。ここにはいくつかの石碑が立つが、多くは神社関係の人の碑だ。そこから反対側の右手奥に、”尖った塔”が見える。砲弾だ。鉄製で、尖った部分の前後に穴が見え胴部の周囲には12個の突起が有る。資料の砲弾の写真にはそれらは無い。したがって正確に何砲の砲弾かは不明ながらそれらしいものは、日露戦争で使われた”二十八糎榴弾砲(にじゅうはちせんちりゅうだんほう)”の砲弾(重量約220kg/口径280mm/長さ不明)。資料には、配備先:大日本帝国陸軍、関連戦争/紛争:日露戦争/青島戦役/日中戦争 とある。なお、砲弾は4種類有るようだが、個別の詳細写真は無い。この砲弾を祀る台には、以下の記述が有る。「明治三十七八年 戰捷記念 岩間 (◯壮会)・評議員(5名)・出征軍人(14名)明治三十九年五月・委員(7人) ◯◯員 百三十八名」ー1,906年建立。”明治三十七八年”は日露戦争を指す。砲弾を祀る神社は非常に珍しい。初めて見る。