康和元年創建、歴史深い真如院。
徳恩寺の特徴
康和元年創建の徳恩寺は由緒正しい仏教寺院です。
現在の本堂は新築工事中で改装後の利便性が向上します。
100年に1度咲く竜舌蘭が見られる、貴重な体験ができます。
横浜市港南区の日野山真如院德恩寺です。高野山真言宗のお寺さんです。春日神社⛩️の参拝後に立ち寄りました。お寺の向かいに駐車場もあります。近代的なお寺でびっくりしました。新築された二階建ての本堂、真如殿という葬儀や法要の会場、客殿と煌びやかなお寺さんですね。コンクリート打ちっぱなしの擁壁のようなところの階段を登ると鐘楼堂と墓地があります。梵鐘も新設されたようです。境内の庭園も綺麗に整備されており気持ち良いですね。德恩寺の公式HPによると、『徳恩寺は仁和寺の僧・尋清を開祖とし、九百年以上この地で同創建の隣社「春日神社」と共に歴史を重ねてきた寺です。山門としては珍しい長屋門を配しており、創建当初は坊守が在住していたと伝えられています。地元の方や檀家の皆様はもちろん、霊場の巡礼者の方々にもご参詣いただいております。』とありました。さらに『康和元年(1099年) 九月、京都の御室・仁和寺の僧侶、尋清僧都が延命地蔵菩薩の尊像を背負って、この地に来たところ、霊感を得て、ここに寺と宮を建立。このことを伝え聞いた、村人が、尊像の礼拝に訪れて非常な賑わいを呈した。武蔵の大守藤原成実も、尋清僧都に厚く帰依していたので、自分が守神としている紫冠帯剣の神像を、僧都に与えた。また春日山の中腹に祠を建立させ、その紫冠帯剣の神像と延命地蔵菩薩を奉祀し、穂井の神社と称して祭祀し、尋清僧都を別当とした。即ち、これが現在の春日神社の前身である。尋清僧都は、穂井の神社の傍らにあった、霊井錫杖水のかたわらに、堂宇を建立して、この堂に、釈迦・文珠・薬師・地蔵・観音の五霊像を安置し、「真如坊」と称した。これが、当寺の起源である。この五霊像は、太守藤原成実卿が、諸寺より懇請したもので、この五仏像のうち、地蔵菩薩は、常陸の国の大丞、平の国香が護持した、行基菩薩の作と伝えられ、霊験無双といわれる。現在の徳恩寺の本尊である。平の国香は、桓武平氏、高望王の長子で、平の将門の伯父にあたり、将門は国香の子・貞盛に滅ぼされている。貞盛は平の清盛の祖先にあたる。尋清僧都は、更に正覚坊・萬蔵坊・光明坊・安養坊・観音坊・正福坊の六僧房を建て、ますます仏法の興隆に励んだ。』と書かれていました。歴史あるお寺さんですが、あまりにも現代的なため重厚さに欠ける印象を受けました。若い方々には受け入れやすいのかもしれませんね。
久し振りに春日神社へ参拝しに前を通りかかったところ、道路に面した入口の山門?は昔のままでしたが、道路向かいには新しく広い駐車場も出来ていて、幾つかの建物もすっかり新しくなっていて驚きました。春日神社参拝後、お寺の墓地へと至るルートで下りたら、草が繁る墓石の下で休憩していたのか、人の気配に気付いた2羽の山鳩(♫デデッポッポ~と鳴く鳩・キジ鳩)が草の下から突然羽ばたいていき、更に驚きました(笑)。
元々は隣の春日神社の別当寺として創建されたのが始まりらしい。以前の本堂も立派だったようだが、新築された建物は威容を誇っていた。
良し悪しは関係ないと思ってます。
小さいけど…赴きあり❗
金沢観音霊場24番、新四国東国八十八ヶ所霊場六十九番歴史は由緒正しく康和元年(1099)年に京都仁和寺の高僧、尋清僧都(そうず)によって穗井神社と別当の草庵として隣に真如坊を築いたのが始まり。坊なので真言宗修験道場だったと思われる。真如坊は仁和寺から院号を賜り、日野山真如院徳恩寺と名を改め、穗井神社は春日神社と名を改めて今に至る。その後、鎌倉時代には北条時政が徳恩寺に関わる等している。春日神社と徳恩寺は神社寺院として現在は規模的に大きく無いが由緒正しい。間宮家臣だった田野井家等の菩提寺でもある。
春日神社の隣です。大きな孔雀がいました👌
現在本堂の新築工事を行なっています。
お手伝いしたら、仕事頼まれました。
| 名前 |
徳恩寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
045-842-1823 |
| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
〒234-0053 神奈川県横浜市港南区日野中央2丁目10−14 徳恩寺 |
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山門、本堂等の伽藍全て豪華。境内の植栽、石組みにもこだわりが感じられる。山門は珍しい長屋門で、1860年建立後、1961年に茅葺きから瓦葺きに変えたとのこと。灰色の瓦、白漆喰、黒の下見板張りのコントラストが美しい。門前には大きなアオノリュウゼツラン。扁額は読めない。本堂は2022年完成で、1階は鉄筋コンクリート造り、2階は木造で、外観は伝統的な寺院建築の様式。瓦葺き、入母屋造りの屋根で、非常に重厚そうな唐破風の向拝が設けられている。虹梁、木鼻だけ古そうだが、旧本堂のものを使用しているのかも。本堂前には、立派な十三重塔が建てられている。客殿は1990年に、庫裡は2011年に改築され、葬儀斎場等で使用される真如殿は1995年に新築とのこと。現在の鐘楼は新本堂と同時期の建立。創建は1099年とのことで、長い歴史を持つ。