駒場城で眺望を堪能。
駒場城跡の特徴
歴史を感じる戦国時代の遺構が残る山城で、魅力的なスポットです。
高速道路の近くに位置し、アクセスの目印に看板があります。
駐車場は台数が少なく、道幅に注意が必要です。
【駒場城】城山と親しまれる駒場城は戦国期には築かれた山城ですが、明らかな空堀の跡が複数かつ纏まってのこり、城好きな方にはたまらない魅力があるそうです。御朱印は神社仏閣によくある参拝記念の証ですが、城にもおなじ物があり、作成を依頼されたので今回作ってみました。そもそも駒場城は誰が築造したか、詳細は不明ですが、江戸期の複数古文書によると、「駒場次郎、応永(1400年前後)ころ山城を築き駒場を押領す」とあります。次郎は山本の保田下にいる林理右衛門の弟or子であり、本名を林恵次郎としていて、戦国時代の戦いで戦死したもようです。まず林氏が城を築造したので、林の紋を安布知神社の拝殿の格天井にある、林の文字から頂きました。拝殿は延宝3年(1675)、時の神主林氏が建て寄付しました。この特徴ある林の字は、現存する最古の林の紋です。その後1554年に、武田信玄が伊那谷全域を治めることになります。これに従い武田菱のデザインを頂きました。最後の徳川時代には、当初旗本の宮崎氏が治めましたが、やがて天領となり幕府直轄地となります。よって葵のご紋を使わせていただきました。一枚の御城印から、地域の歴史が少しづつ分かります。遙か遠くを見ながら、敵の襲撃を警戒し備えに怠りなかった戦国時代に思いを馳せ、城山に登って見ましょう。※車で上まで通行可能ですが、車幅がとても狭く、急な斜面もあるので四駆で行くことをおすすめします。※御城印は古民家つぼや(阿智村駒場1151)で取り扱っています。(金土日月曜日、9:30~15:30)
戦国時代の遺構を残す山城である。東西およそ350メートルの尾根の西側の小高い平地が主郭とみられ、その西側に尾根を断ち切る堀切の遺構が5条連なっている。また、主郭の東には同じく堀切の遺構が4条残存している。
駒場城(646m/110m)遺構:郭,堀城主:林氏,駒場氏歴史:築城年代は定かではないが応永年間(1394年〜1428年)頃に林氏によって築かれたと云われる。説明:駒場城は阿智川南岸の標高693.7mの城山から東へ伸びた尾根に築かれており、現在は公園として整備されている。城は城山山頂ではなく東へ伸びた尾根に築かれており、主郭を中心に東西に伸びた尾根に堀切と曲輪が連なっている。主郭から城山山頂に伸びる西の尾根には五条の堀切があり、背後は大堀切で圧巻である。東の尾根は公園化によってかなり手が入っているが、曲輪や堀切が確認できる。案内:城内まで林道があり車でも行くことができるが道はかなり細い。
駒場城(646m/110m)遺構:郭,堀城主:林氏,駒場氏歴史:築城年代は定かではないが応永年間(1394年〜1428年)頃に林氏によって築かれたと云われる。説明:駒場城は阿智川南岸の標高693.7mの城山から東へ伸びた尾根に築かれており、現在は公園として整備されている。城は城山山頂ではなく東へ伸びた尾根に築かれており、主郭を中心に東西に伸びた尾根に堀切と曲輪が連なっている。主郭から城山山頂に伸びる西の尾根には五条の堀切があり、背後は大堀切で圧巻である。東の尾根は公園化によってかなり手が入っているが、曲輪や堀切が確認できる。案内:城内まで林道があり車でも行くことができるが道はかなり細い。
高速道路から、看板が見えて気になり行ってみました。城跡ですが、上まで車で行けます。ですが、ちょっと道幅が狭かった気がします。貸し切りでした。景色最高です。
上にある駐車場は車が2台ほどで、道は車のすれ違いができないので注意。
詳細不明。街道を抑える要所にある城。主に武田氏が利用したと考えられる。城跡には大小様々な郭群の他、堀切が残る。眺望はかなり良い。阿智公園として整備され車で登る事ができるが、林道は細く隣は直ぐ崖で落石の痕跡もあり危険。軽自動車か小型車で四駆が無難。知ってたら車では行かない。
眺望が素晴らしい。
| 名前 |
駒場城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
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阿智村を訪れるにあたって駒場城跡(こまんばじょうせき)を見たいと思ったのですが、徒歩か車かで向かう方法にだいぶ悩まされました。徒歩だと時間がかかりそうで、車だと狭そうな山道を進んで駐車場の狭さや対向車の問題も考えられたからです。悩んだ末に案内看板に従って車で行くことにしました。駒場という場所は交通の要所だったそうで、戦国時代には駒場を抜けて進軍がおこなわれていたりしたそうです。案内看板に従って住宅地から山の中へ入っていくのですが、常に考えていたのは対向車が来たらどうするかということのみでした。ひやひやしながら山道を進むと祠を過ぎて、分岐に差し掛かったのです。分岐を直進してしばらくしたところで間違えているのではと思い切り替えして分岐まで戻り、改めて進みました。道は細く軽自動車でもやっとの幅でした。運転に自信の持てない方は決して来る場所ではないとないと思います。さらに細い急な道へ入った所で駒場城跡の見取り図を見つけました。少し進んだ場所に駐車場を見つけました。本当に小さい駐車場でよくもまあ山の中にこんな駐車場を確保したものだと思いました。駐車場から少し上がった所には中央自動車道から見えるという駒場城跡の名前の看板が設置されていました。草木が生い茂っているので、今見てもまったくわからないと思います。駐車場には水がたまっていたと思われる場所がありましたが、水は止められていました。柵をくぐって本丸を目指す道は東屋があったり、砂利が敷かれていたりと歩きやすさを感じました。本丸に到着してびっくりしたのは公園の遊具がひととおり設置されていたことでした。遊具は錆びたり、割れたりと修理が必要そうな雰囲気が漂っていました。本丸の先には空堀を見ることができる場所がありました。山城らしい荒々しい防御地点だと思いました。帰り道も住宅地に出るまでは不安でひやひやしましたが、対向車はまったくありませんでした。ラッキーでした。