小沢城址で森林浴を満喫!
小沢城址の特徴
JR稲田堤駅と小田急読売ランド駅を結ぶ自然歩道沿いにあります。
整備された里山で、十分な運動ができる絶好の散策スポットです。
中世の城小沢天神山城の遺構が点在し、歴史を感じられます。
2019/9/8鎌倉時代、南北朝時代、室町時代、戦国初期とかなり長きにわたり利用された城だったようだが、城の造りは簡単であり戦国時代に活用されたとは思えない。山裾に切岸により段差を付けただけのように見える。長尾景春の乱に際して景春方がここに籠って反抗したという伝承があるらしい。
いったん登ってしまえば尾根の上は割合起伏が少ない。テーブルがあるのでお弁当を持って来る人もいる。登り口は主に4つ。①三沢川から菅への取水口付近 ②菅仙谷なかよし公園の西手 ③穴澤天神社の階段 ④よみうりV通りヘアピン中央。個々各別の味わいがあるが稲田堤方面からなら①②、京王よみうりランドからなら④がまとも、③は「え⁈」(^_^;)。ともあれ菅町会や川崎市の発信があり、写真付きでブログやHPで書いてくれる方もいるので、それらでしっかり予習した方が良い。また風雨の後は1、2日位経った方が足場や落木の危険を避けられそう。因みに以前当地を所有していた会社の方のブログにあったが、開発計画を止して保護地域としたそうだ。個人的な希望を言えば、城からは富士も(即ち全方位が)見えたはずなので、それが再現出来たら最高なのだが…
登城口はいくつかありますが、京王よみうりランド駅からジャイアンツ球場に向かうよみうりV通りの坂の途中から遊歩道に入ると城跡に着きます。空堀や井戸跡、物見台、削平された郭のような平坦地などがあります。ずいぶん前に訪れた時には、攻めてくる敵に投げたと言われる川原石が落ちている様子も見受けられましたが、今回は見あたりませんでした。説明版等もありますが、もう少し整備されているとよいです。
良く整備されていて散策しやすく、清々しい気持ちになりました。北条VS上杉の巡礼で行きました。車は京王よみうりランド駅すぐ近くの500円のとこに停めました。
穴澤天神社にお参りして、川沿いに稲田堤の方に向かった所にある登り口から伺いました。遺構は思っていたより残っていて何よりとても歩き易い道でした。緑地保全なさっている、小沢城址里山の会、の皆様のおかげかと思います。ありがとうございます。
浅間山からの景色がこのように良くなりました。川崎市が景観を良くする為に大木を伐採されたとのことです。ただ1年で竹が数十本下の方から伸びてきています。数年後には浅間山の上まで来てしまうと思います。竹の竹もしてほしいと思います。いこいの森のテーブルベンチが新しくなりました。夕方、浅間山からスカイツリーがくっきり見えてました。里山の紅葉も美しいです。紅葉🍁は日に日に🍁変わり、朝日🌅や光の角度によっても変わります。朝日に輝く紅葉が1番好きです。
里山で整備されていますが土の道もあります。
浅間神社から寿福寺へ。開けた所でベンチも多数。しばらく滞在。2024/5/6
落ち葉が多い時は滑るのでご注意ください。小沢城(おざわじょう)は神奈川県川崎市多摩区菅仙谷にあった日本の城である。現在は小沢城跡を含めた周辺は小沢城址緑地保全地区に指定され小沢城址里山の会が緑地保全を行っている。小沢天神山城とも呼ばれる[1]。概要小沢城は多摩丘陵の先端に位置し、鎌倉道・矢野口(多摩川)の渡しを抑える交通の要衝、丘のふもとを三沢川が流れる要害の地である。尾根のピークに主郭を置かない特異な構造の城としても知られる。歴史平安時代末期、稲毛三郎重成により築かれると伝わる(あるいは重成の子小沢小太郎が築城とも)。観応2年(1351年)、足利直義方の小沢城を足利基氏方の高麗経澄が攻め落とす。この時焼失した。享禄3年(1530年)6月には、小沢城から出陣した北条氏康が、北条領に侵攻した上杉朝興を迎え討つ小沢原の戦いが起こり、氏康が上杉勢を退け初陣を飾る。戦国時代以降は廃城となり放置されるが、江戸時代に入ると富士講が流行し、峰を富士塚として利用されるようになる。文化3年(1806年)に祠が、万延元年(1860年)に富士登山三十三度大願成就記念碑などが建てられている。太平洋戦争中には探照灯が設置され、生田にある桝形山に置かれた高射砲でB29を砲撃していた。
| 名前 |
小沢城址 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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入口が分かりにくく、入っちゃいけないとこ感があり、この先どうなっているのかドキドキな場所でした😄