手塚治虫の思い出漂う昭和感。
並木ハウスの特徴
昭和30年に手塚治虫が住んでいた懐かしいアパートです。
鬼子母神に近く、静かな佇まいが魅力的です。
かつての家賃3000円、今は3万円の歴史を感じる場所です。
路地裏散歩していて発見したアパート。入っていいとゆわれたから入ったらアトムが飾ってあった。玄関なくてずっと土足。住んでる人いるのかな?観光名所なの?
手塚治虫が竣工翌年から3年住んでいた昭和28年竣工の登録有形文化財。
🏠登録有形文化財:懐かしい感じのアパート🏠手塚先生のファンとして訪れたかったところ。昭和30年、あのトキワ荘からこちらへ移られて、3年程創作されていたと聞いた。建物は木造モルタル造、一部2階建て、瓦葺で、戦後期のバラック住宅として大量供給されたもの、風呂なし・共同トイレの所謂木賃アパートである。現在では国登録有形文化財に指定されている。ここにも編集者達が押し掛けてきたのだろうか。連載を幾つも抱え、編集者が原稿の仕上がりを待つ~何だかわくわくするあの光景が目に浮かんでくる。
雑司ヶ谷及び南池袋周辺を散策中の、平日午後にふらっと訪れました。東京メトロ副都心線・雑司が谷駅(都電荒川線・鬼子母神前駅)から徒歩わずか、情緒の残る鬼子母神表参道脇に、ひっそりと佇んでいます。現場の「登録有形文化財」のプレートによると、『1953年(昭和28年)築の木造アパートで、歴史的、建築的価値により国民的な財産として、国の有形文化財に登録。漫画家の手塚治虫氏が1954~1957まで居住していた建物』とあります。観光地とは異なり、現在は一般の方が住まわれているとのことです。また、周囲も閑静な住宅街ですので、滞在時間は2、3分もなかったと思います。さっと写真に収めるくらいの、ささやかな時間でした。当時の手塚氏の執筆の様子を想像する楽しみ方もありですね。豊島区の東長崎・椎名町には、多くの伝説的漫画家を輩出したトキワ荘跡地及び、2020年に当時そっくりに復元したトキワ荘マンガミュージアムがありますので、併せて堪能されることをお勧めします。
まだ住んでる方がいるとのことで、遠目で眺めるだけにして帰りました。文化財として保存して、いずれ中が見れるようになるとうれしいと思います。
手塚治虫が住んでいたアパート。有形文化財です。現在も住人がいる為なかに入ることはできませんが、YouTubeで中の様子が見られます。
🏠登録有形文化財:懐かしい感じのアパート🏠手塚先生のファンとして訪れたかったところ。昭和30年、あのトキワ荘からこちらへ移られて、3年程創作されていたと聞いた。建物は木造モルタル造、一部2階建て、瓦葺で、戦後期のバラック住宅として大量供給されたもの、風呂なし・共同トイレの所謂木賃アパートである。現在では国登録有形文化財に指定されている。ここにも編集者達が押し掛けてきたのだろうか。連載を幾つも抱え、編集者が原稿の仕上がりを待つ~何だかわくわくするあの光景が目に浮かんでくる。
看板がないと、分からないよね~
昭和30年ごろ、手塚治虫さんが2年住んで居たという。何回も改築しているが、見た目はほぼ昔のまんま。なんと今は誰か住んでいるそうな。並木ハウスに入る前の道は並木通りと言って、樹齢400年、600年とも言われるケヤキの木がある。ぜひそちらも見て頂きたい。近くに案内所もあります。
| 名前 |
並木ハウス |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
〒171-0032 東京都豊島区雑司が谷3丁目19−4 106 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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雑司ヶ谷鬼子母神堂の参道から少し脇道に入ると見えてくるお洒落なアパートです。昭和28年に建てられた賃貸アパートで、手塚治虫先生が暮らしていたアパートとしても知られていています。近くにある「雑司が谷 案内処」の二階には、当時の姿を説明したパネルがあります。手塚先生は、昭和30年にあの「トキワ荘」から、この並木ハウスは移り住み、その後、昭和32年に初台に自宅を建てるまでの3年半の間住んでいたそうです。今見てもお洒落な外観で、今でも住んでいる人気物件と云われるのも納得です。