柳橋で静寂を感じる篠塚稲荷。
篠塚稲荷神社の特徴
小さな神社ながら、静謐な世界観が広がります。
浅草橋駅近くの、ビルと一体化した神社です。
かつて花街として栄えた柳橋に位置しています。
柳橋篠塚通りにある神社。夜は本殿?拝殿?が閉じられておりお賽銭を入れる場所はなかった。境内は、狭いながらもキレイに維持されており地域の方々から信仰を集めているのではないかと思う。
小さいですが、手入れされており、歴史を感じる稲荷神社です。深夜はお社が開いていないので、お賽銭をお社の横から入れるのが面白いです。
浅草橋の住宅地にひっそりとあります。新田義貞の家臣の篠塚伊賀守重廣が祈願していた社だそうです。
無人の神社。御朱印は無さそう。R7.1.9時点では以前のクチコミにあった御朱印対応無しの張り紙は貼ってはいなかった。町の小さな神社といった感じだが綺麗にされていて崇敬を集める神社と感じた。
『篠塚稲荷神社』住所→ 〒111-0052 東京都台東区柳橋1丁目5−1祀神︰倉稲魂命御朱印:なし駐車場:なし備考:・創建は不明ながらも、正中年間(1325年頃)とされている稲荷神社。・新田時貞の四天王の一人・篠塚伊賀守重宏が足利尊氏軍との四国での最後の戦いに敗れた後ひそかに東国に逃れ、当地付近の茅原の里にあったという稲荷祠の傍らにて仏門に入り、日夜主家の再興を祈願していた事から、里人が『篠塚稲荷神社』と呼び始めたらしい。・古来から諸大名や高家、庶民の崇敬が厚く天保7年(1836年)の『江戸名所図会』にも記されているそう。・神仏混淆の時代には、篠塚伊賀守の子孫は京都菩提寺から『篠塚山 玉蔵院 宗林寺』の三号を受けた真言宗の修験僧が稲荷社の別当を務めていた。・江戸期から大正末期の頃には、神社境内に寺子屋(後の篠塚小学校)を運営していた。・福井町にも分校を設けていたものの、明治維新と際の廃仏毀釈によって玉蔵院が廃止され、大正11年に篠塚小学校も廃校した。・例祭は6月の第1土曜日、日曜日にあり、今年令和6年の場合、6月1日と2日にあるらしい。・私は、5月26日に道路を挟んだ向かい方面にある『東京文具共和会館』にイベント参加があり、その際の朝に参拝させて頂いた。・無人の神社で、御朱印の類も無いそう。#神社#稲荷神社#結月大佐の御朱印さんぽ。
小さい神社ですが、狭い敷地面積の中に静謐な世界観が広がっています。
(Dec.23)都営地下鉄浅草橋駅から徒歩7分程。この界隈は江戸時代から戦前まで大いに賑わった花柳界の柳橋です。今はビルとマンションの林立する街中にある小さなお稲荷さん。なんと今から七百年前創建の神社⛩️です。鎌倉から室町に時代が代わるその中で新田義貞の重要な家来の一人である篠塚伊賀守重宏が落ち延びて出家した地がここだそうです。お参りの折りに氏子の方から神社のお祭りやら昔の柳橋芸者さんのお話を聞かせて頂きました。どの地にも栄枯盛衰、喜怒哀楽の躍動する伝記があるのですね。
南北朝時代、新田義貞の家臣であった篠塚重広がこの地の稲荷社に祈願を続けていたことから「篠塚稲荷」と呼ばれるようになったと言われています。
小さなお宮です。朝や夕方以降は拝殿の戸が閉まっており、正面右側の窓のところに賽銭箱があります。
| 名前 |
篠塚稲荷神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
03-3851-6094 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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お賽銭の入れ口がわかりやすかった。