浜町公園の清正公寺で心静かに。
清正公寺の特徴
浜町公園にひっそりと佇む清正公寺の静けさが心を癒します。
豊臣秀吉の家臣・加藤清正を祀る歴史ある日蓮宗の寺院です。
熊本本妙寺から分霊を受けた由緒ある仏閣であることを知りました。
清正公寺(せいしょうこうじ)は、日蓮宗のお寺です。文久元年(1861) 同地にあった肥後国熊本藩下屋敷の敷地内に、熊本藩主家が領内の日蓮宗本妙寺に安置された加藤清正公の分霊を仏式で勧請したのが始まりです。明治維新の際、信徒らの請願を受けて神道式に変更、「加藤神社」となりました。明治18年(1885)信徒の請願により仏式に戻して「浜町清正公堂」と改称、熊本県飽託郡の本妙寺に管理が委託されました。大正12年(1923)9月の関東大震災により焼失。帝都復興事業により浜町公園として新設整備されるとともに、堂の規模も縮小され公園内敷地に遷座しました。昭和20年(1945)3月の東京大空襲により再び焼失しました。戦後に公堂が再建され現在に至ります。画像は昭和53年正月に撮影したものです。
鎌倉駅の混雑で蜻蛉返り、行く宛もなく浜町界隈をぶらぶら。清正公寺!単なる偶然かと思いきや、虎退治の加藤清正公を祀っているらしい。加藤家が取潰された後釜細川家の屋敷跡とのことで合点。手入れをして頂きたいものである。
浜町公園の脇にひっそりと達お寺。5月の新緑のシーズンのせいか、野生の草花が盛り盛り咲いているました。あまり御手入れの頻度は高くないのかな?加藤清正を祀っているようですが、その謂れが分かるものがなかったです。
とても落ち着く空間でした。何度か足を運びました。
豊臣秀吉の家臣で武勇に優れ忠義にも厚かった加藤清正を祀っているお寺。元々は加藤家の下屋敷で、1861年に細川藩主細川斎護が熊本本妙寺の清正の分霊を勧請して創建されたそうです。清正の死後、加藤家に代わって熊本城主となった細川忠利が「あなたのお城をお預かりします」と清正の廟に遥拝したと言いますから、内政にも優れ民に愛された清正は細川家からも尊敬され、それが代々受け継がれてきたのでしょうね。胸が熱くなりました。
寺号は清正公寺、宗派は日蓮宗の寺院です。肥後国熊本藩主加藤清正公を祀っています。当地には加藤家の後を受けて肥後の国の領主となった熊本藩主細川氏の下屋敷があったところで、1861年(文久元年)、細川斎護が熊本本妙寺に安置する加藤清正公の分霊を勧請してこの下屋敷に祀ったとのことです。明治維新後には一時、加藤神社と称したといたそうです。1885年(明治18年)、仏式に戻して清正公堂と改称したとのことです。
浜町公園の中にひっそりと佇んでいます。日頃は人はいませんが、綺麗に手入れがされていて、お参りしていても気持ちいいです。
せいしょうこうじと読むそうです。
熊本の本妙寺の別院で、熊本藩主細川斎護が旧藩主だった清正公の分霊を下屋敷に勧請したのが始まりと伝わります。有り難く、御主題を頂きました。
| 名前 |
清正公寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
03-3666-7477 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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戦国武将の虎退治で有名な加藤清正公を祀るお寺です。浜町公園に隣接して鎮座しておりました。提灯には家紋の蛇目が描かれています。