地元に愛される三輪神社。
三輪神社の特徴
地元住民に愛され続ける、魅力的な神社です。
日本蕎麦店そば蔵と近接している立地が特徴的です。
早朝の神社は静かな雰囲気で心が落ち着きます。
地本近隣住民に愛されている神社です。
僕の地元の八坂神社です!今は祭は行ってはおりませんが、僕が若い頃はお祭りが開催されるのが楽しみで、提灯付けを元県道(今は市道)に両サイドに付け、神輿で練り歩きました!この神輿は暴れ神輿で、酔っ払って担ぐので、良く壊した記憶があります!今は若い人が居ないので、ずーと神輿は眠ってます!
日本蕎麦店そば蔵に行ったときに神社があることに気づきました。後日境内(と言っても周囲が囲まれているわけではありませんが)に入り「縁起」を見たところ,川向こうの流山市の茂侶神社を分社したものと知り,後日茂侶神社にも行きました。江戸時代の初期に江戸川が掘られ一帯が東西に分けられたために,川の西側に分社したそうです。2つの神社の間にはもう1本川(庄内古川)があったのではないかと考えているのですが。当時のこの地区の風景や人々がどのような思いで神社を開いたのかなど思いをはせました。
朝早かったので大部分写りがアンダーになってしまい修正がたいへんでした。神社は大きくありませんが良い感じです。
夏祭りの時だけ賑やか。
| 名前 |
三輪神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
048-982-1717 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
三輪神社(みわじんじゃ)。埼玉県吉川市三輪野江。旧村社。主祭神:大物主命 (おおものぬしのみこと)資料によると、創建年代は不明である。ただ創建者は平本定久で、下総国葛飾郡大谷口村(現・千葉県松戸市大谷口 )の小金城が落城したため、当地に定着したという。そして隣の下総国葛飾郡三輪野山村(現・千葉県流山市三輪野山)の三輪神社から分霊を勧請し創建した。そのことから、江戸時代初期に創建されたものと推測される。江戸川を挟んで東側の、三輪野山の三輪神社は、延喜式に記載されている式内社「茂侶神社」に比定されており、現在の名称は「茂侶神社」となっている。隣にあった「大光院」が別当寺であった。大光院は明治初期に廃寺となっている。1910年(明治43年)の神社合祀により、浅間社が合祀された。祭神は、大己貴尊と木花咲耶姫命。境内の石碑には、少彦名尊の名が載っている。木花咲耶姫命は、明治四十三年に合祀された浅間社の祭神。その他、境内社に天神社・疱瘡神社・稲荷神社、八坂神社があります。とあります。参考として、式内小社・茂侶神社(もろじんじゃ、千葉県流山市三輪野山)のところに、埼玉県吉川市の三輪野江は、以前は、当社の氏子区域であったが、慶長3年(1598)に江戸川が掘られ、区域が分断されたため、元和年中に江戸川西岸の地へ、茂呂神社を分社して、三輪神社を創建した。とあります。