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岐阜県白川村長瀬にある稗田のトチ(ひえだのとち)は、岐阜県が指定する天然記念物のひとつだ。真宗大谷派の浄楽寺境内に立つ巨木で、まずその存在感が圧巻だ。トチノキというと日本各地に自生しているが、この樹の迫力はちょっと群を抜いている。地元での呼び名はそのまま「稗田のトチ」。樹高は約22mと特別高いわけではないが、根元の幹周は11.9mもあり、胸高(目通り)の幹周でも7.1mある。枝張りも東西南北にバランスよく広がり、東側が14m、西側10.2m、南側7.5m、北側12mと立派な枝ぶりを見せる。トチノキとしては岐阜県内でもトップクラスの大きさと言っていいだろう。この樹は植物としても特徴的で、トチノキ(Aesculus turbinata)は日本固有の落葉樹。掌状の複葉が特徴で、春になると白い花(根元は淡い紅色)が多数咲き、秋には大粒のトチノミが実る。トチノミは昔から栃餅などに加工されて食料にされてきた。実際、村の記録にも、この老木から採れるトチノミが古くから地元の人々の貴重な食料源として重宝されたことが残っている。この稗田のトチが天然記念物に指定されたのは1974年(昭和49年)11月13日。白川村内ではほかにも長瀬神明神社社叢や明善寺のイチイなど複数の巨木群が同時に指定された。以来、この樹の周囲には立入規制用の柵や看板が設置され、村や県の文化財担当による定期的な調査・管理が行われている。老木ながら毎年健やかに葉を茂らせており、地域に大切に守られていることが分かる。このトチノキには歴史的な言い伝えも残っている。1475年(文明7年)、浄土真宗の蓮如上人がこの地を訪れた際、この樹の根元で休息したことが伝承として伝わっている。これがきっかけとなり、1499年(明応8年)には浄楽寺(当時の照蓮寺の末寺)が創建され、村の信仰の拠点となった。当時の記録によれば、寺院の道場は最初、このトチの樹のそばに建てられたらしい。1959年(昭和34年)に村道新設のため寺は現在の位置に移転したが、トチノキだけは移植されることなく、元の場所でそのまま残された。いかに村人たちにとって特別な存在だったかが伝わってくる話だ。また、稗田のトチがある長瀬地区は、白川村でも昔から有数の大家族集団が暮らした集落だったという。明治初期までは60人規模の大家族が生活しており、村人はすぐ近くの長瀬神明神社の社叢にある巨木の下で逢引したり交流を深めていたらしい。トチノキがそういった村人の暮らしに深く結びついていたことも、この巨木が大切に保護されてきた理由だろう。周辺には歴史的・文化的価値の高い史跡もいくつかある。例えば、同じ長瀬地区にある長瀬神明神社社叢は、トチノキを含めたカエデやスギ、イチョウなどの巨木群が県指定天然記念物になっている。また荻町にある本覚寺の境内には、1969年に発見された新種の桜「おおたザクラ」があり、こちらも村指定の天然記念物だ。さらに飯島八幡神社には樹齢約500年のエノキがあり、この樹の芽吹きや紅葉の様子で吉凶を占う風習が現代まで伝わっているほど、村の文化に根ざしている。荻町地区にある250年続く合掌造り住宅「長瀬家」は、地元医師の旧家として有名で、伝統的な暮らしの歴史を伝える重要な文化財となっている。白川村全体として見ると、荻町地区の合掌造り集落は1976年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、1995年にはユネスコの世界文化遺産に登録された。稗田のトチはその合掌造り文化圏の一翼を担う長瀬地区の歴史や文化と深く結びつき、この地域の象徴的存在として価値が高いとされている。岐阜県や白川村の公的資料にも、この巨樹は「歴史の重さを感じさせる」と記されている。地域文化との結びつきだけでなく、学術的にも年輪調査や遺伝子多様性の研究などに重要な対象とみなされており、植物学者や文化財の専門家にとっても貴重な研究対象となっていることは間違いない。500年以上も地域の暮らしを静かに見守り続けてきた稗田のトチ。その迫力ある姿や文化的背景を知るほどに、ただの巨木ではなく、村人とともに時を刻んできた存在そのものに感じられる。白川村を訪れたなら、ぜひ立ち寄り、その圧倒的な存在感を自分の目で確かめてほしい。