忍城址で見つけた石垣の歴史。
忍城櫓の石垣の特徴
忍城址内の本丸から見える石垣は圧巻です。
三階櫓への渡り通路は特に魅力的です。
行田市本丸周辺の歴史を感じられる場所です。
・忍城は室町時代後期の文明年間(1469~1487年頃)に、この地域を治めていた成田氏によって築かれました※忍城の御三階櫓は、阿部氏が城主だった元禄15年(1702年)に完成しました。※明治6年(1873年)の廃城に伴い解体された御三階櫓1棟と二階櫓2棟の石垣に使用されていた本物の石材です。・特徴: 石材は加工された「切石」で、当時の高い石工技術を伝えています。・この石垣の石は当時の貴重な遺構として保存・展示されています。歴史的背景・忍城の歴史 忍城は低湿地を利用した難攻不落の城で、「浮き城」とも呼ばれていました。・室町時代(15世紀後半) 成田氏が築城初代城主は成田顕泰。・戦国時代(天正18年/1590年) 豊臣秀吉の関東平定の際、石田三成に水攻めに遭う。・小田原城開城後、城主の命により開城。・徳川家康の四男、松平忠吉が入城。江戸時代 徳川の譜代や親藩の大名が城主となる。・寛永16年(1639年)、幕府老中の※阿部忠秋が城主となり、城と城下町の整備が進む。※元禄15年(1702年)に御三階櫓が完成。・文政6年(1823年)、阿部氏が白河へ移封。・松平忠堯が城主となり、明治維新まで松平氏が続く。※明治時代 廃藩置県により廃城、明治6年(1873年)に取り壊される。・昭和時代 昭和63年(1988年)に御三階櫓が再建。
櫓の石垣というより櫓の石垣に使われた石の方が正しい。かつて石垣に使用された石がいくつか並んでいる。
石垣の一部だけでした🛖
現在は使用されていないオリジナルの石垣の一部。
三階櫓への渡り通路から見た石垣。
忍城址内の本丸と思われる場所にあります。
明治時代に破却された際の石垣の一部。ここの他に三階櫓のすぐ脇にもある。楔形の石の他におそらくは柱を建てたと思われる真四角のくぼみのある石もある。圧巻!
| 名前 |
忍城櫓の石垣 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
復元された城壁のすぐそばに、ひっそりと当時の石垣があります。目立たずに見逃しそうなのですが、昔の忍城を伝える重要な文化財です。