忍城の歴史が息づく鉄砲狭間。
鉄砲狭間(忍城東門土塁)の特徴
忍城の南側に位置する、境界も楽しめるスポットです。
見どころのある敷地に、歴史を感じることができます。
2023年12月15日に訪れた方のレビューが参考になります。
🟢城壁に見える丸や三角の穴は「鉄砲狭間」と呼ばれるものです。🟢城の内側から敵を狙い撃つための射撃用の窓です。🟢丸型や三角型などがあり、内側から外側に向かって広がる構造になっています。🟢現在の遺構は、忍藩の藩校であった「進修館」の表門付近や、復元された東門の土塁沿いで見ることができます。
忍城の南側の敷地境界にあります。土塁という説明がなかったら特に気にせず通り過ぎていたかもです。
2023.12.15初めて来ました。博物館や本櫓の周りにあります。第二駐車場からぐるりと一周すると写真撮りやすいです。
忍城東門あたりの三階櫓を守るための土塁の上にある鉄砲狭間。(厳密には細長いのは弓矢の狭間なのか)外からは見えにくく、中からは狙いやすい穴の構造になっている。これ自体が本当に活躍したか、というよりは「ここまで鉄壁なら攻める気起きないよな」の効果もあったんだろあなあ、、、、とも思う。
| 名前 |
鉄砲狭間(忍城東門土塁) |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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鉄砲狭間(てっぽうざま)は、忍城東門脇の土塁上に復元された土塀に設けられた小さな開口部で、城を守るための防御施設です。狭間からは城外の敵を監視し、鉄砲や弓矢で攻撃することができました。外側を小さく、内側を広くつくることで、敵から狙われにくくしながら広い射界を確保する工夫が施されています。現在見られる土塁や土塀は、城址公園の整備に合わせて復元されたものですが、戦国期の城郭防御をわかりやすく伝える貴重な展示となっています。白壁に並ぶ狭間は、戦国時代の城らしい景観を演出し、訪れる人に忍城の堅固な守りを実感させてくれます。忍城は、1590年(天正18年)の「忍城の戦い」で石田三成による大規模な水攻めに耐え抜いたことで知られ、「浮き城」と呼ばれた名城です。鉄砲狭間は、その難攻不落を支えた防御技術を感じられる場所であり、東門や水濠とともに人気の見どころとなっています。