光明寺の高台で歴史を感じる。
山本古屋城跡の特徴
光明寺の北西高台に位置し、絶好のロケーションを楽しめます。
天正11年の攻防を思い起こさせる、壮大な歴史が魅力です。
高塩氏の居城跡で、歴史の息吹を感じられる場所です。
2024/11/10高塩氏の居城であったが、天正11年に水谷蟠竜斎に攻め落とされた。高い土塁と堀が遺っている。主郭?にはお寺の本堂のように立派な家がある。城主の末裔なのだろうか。
中世の平城跡は、民家と牛舎に囲まれ、さらに生い茂った草木に阻まれて、道端から土塁と空堀しか見ることができません。生い茂った草木を分け入っての入城を試みましたが、ハチの奇襲攻撃に遭遇、あえなく退却しました。
| 名前 |
山本古屋城跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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光明寺の北西高台にあります。光明寺裏手くらいから城域のようですが、それらしい段差はありますが、個人宅であることもあって、遺構などはよくわかりません。主郭となる「堀ノ内」の個人宅の東側に大きな土塁が空堀を伴いながら、折りを付けて伸びています。個人宅なので敷地外から、土塁の南側を観察するに留めました。北側に外堀の跡もあるようですが、近寄ってません。土塁の規模・折から戦国末期ということは容易に判断できます。伝承でも戦国期に高塩氏によって築かれています。戦国後期になり、益子氏は高塩氏の「我侭」な行いによりここを襲撃するも敗退。水谷正村の援軍を得て再び襲撃して落城させています。