常陸国の歴史と神々
小坂神社の特徴
天手力雄命・倉稲魂命が祀られ、御利益を感じられる神社です。
茨城県内最古の木像神像がご神体として安置されています。
歴史ある静神社の本宮笠宮と熊野権現も合祀されています。
御祭神は天手力雄命・倉稲魂命。大同2(807)年の創建で,御神体が笠形の石であることから笠宮明神を尊称したのが始まり。笠宮は静神社(瓜連町)の本宮と云われ,静神社の祭礼には笠宮の神職が榊を持って就いて祭りを行ったが,延宝年間(1673-1681)以降は,当社の榊は静神社の境内に移植されたそうです。明治4(1871)年,小坂の地にあった笠宮・飯野宮・熊野権現の三社を合祀し,明治7(1875)年に社号を小坂神社とした。なお,飯野宮のご神体は木造の神像で,文明11(1479)年の銘があり,銘のある神像としては県内最古のものだそうです。小坂神社は前々から極めて重要な神社ではないかと思っており,もったいなくて今日まで参拝を「とっておいた」社です。静神社の本宮との伝については,静神社の現在の主神は建葉槌命ですが,江戸時代までは天手力雄命とされていたとの説もあります。どんどん田舎(もちろん本気の褒め言葉です)となっていく景色の中,ナビを頼りに狭い道路を進んでいくと,樹木の間から社殿が見えたのですが,入口が分からずさらに狭い道路に回り込んで,ようやく入口を発見。うむむ,写真のとおり通常の鳥居ではなく,竹鳥居とでもいうのでしょうか。それにしても天高く・・・天に聳えたつ社叢であり,既にひしひしと濃き御神気を感じます。参道を進むと先程見えていた社殿の右脇に出ました。ここは裏参道かと思ったのですが,社殿正面にあるべき表参道がありません。まず目に入るのが「笠懸の松」の切り株です。太古,御祭神の天手力雄命がこの地に憩い傍らの松に笠を掛けたことから「手力男命笠懸の松」と呼ばれたが,爾来星霜移りて幾百千年松は遂に枯死してしまった。その後,源頼義・義家等が前九年の役に安部氏追討の途,笠宮神社にて戦勝の祈願をしたその凱旋のみぎり,久しく枯れたままとなっていた松の側に新たに苗を植えそれが大樹となった。それからまた星霜移りて昭和48年,虫食いによって伐採され,現代にに残ったのがこの切り株だそうです。広い円形のように見える境内は綺麗に清掃され,古めかしくも不思議なほど大きな神輿殿。数ある石祠,質実な印象を感じる拝殿,その裏に荒削りでそして力強い御本殿。文章ではうまく表現出来ませんが,すばらしい御神域であり,是非参拝されるべき社です。
| 名前 |
小坂神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP |
https://www.ibarakiken-jinjacho.or.jp/ibaraki/kenou/jinja/02139.html |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
明治4年(1871)に常陸国二の宮の静神社の本宮"笠宮"と、県内最古の木像神像がご神体の"飯野宮"そして熊野権現の3社を合祀して小坂神社と称す。笠宮の創建は大同2年(807と云われており、他の2社は不明です。珍しいことにこちらの神社、鳥居がなく拝殿前の参道もありませんでした。因みに境内にある笠懸け松は、ご祭神の天手力雄命が休息の際に、この松に笠を懸けたと云われているそうですが、神様が笠を……。(◔‿◔)