歴史の重み感じる龍蔵院。
龍蔵院慰霊碑の特徴
強制破壊された谷中村の歴史を伝える碑が存在します。
渡良瀬遊水地建設における重要な歴史的背景があります。
移動された墓が奥にあり、特別な雰囲気を醸し出しています。
渡良瀬遊水地建設のために強制破壊された谷中村の大字「下宮」にあった龍蔵院の由来を示す大きな石碑が正面近くにあり、奥には移動された墓があります。他の旧谷中村の墓と形などが似ています。同様に「十九夜」の碑などがあります。右奥にも大きい石碑がありますが、個人の戦没者の碑のようです。亡くなったご子息への愛を感じます。以下、長くなりますが、『田中正造と古河町民』(古河歴史博物館)23頁の翻刻をもとに、石碑に刻まれている文とその現代語訳(私訳)を載せます。記念碑大僧正口道敬書栃木県下都賀郡藤岡町大字下宮新義真言宗豊山派梅花山龍蔵院者/茨城県猿島郡古河町字横山町徳星寺之末寺也嚢日内務省起工改修/渡良瀬川龍蔵院以当其途官為買収其地実明治四十五年十二月十日也/於是龍蔵院遂合於徳星寺以所贏之金購得横山町宅地五千四百四十/五番地一畝十六歩五千四百四十六番二畝十五歩五千四百四十七番一/畝十六歩五千四百四十八番四畝八歩及山林七畝二十三歩其山林則/納之於古河共有墓地宅地四所則納之於徳星寺而所剰金二千一百六/円則永却蓄積以充訣寺基本財産焉記以為他日左券云大正三年十一月古河 岡村登撰並書***記念碑大僧正 口道敬 書栃木県下都賀郡藤岡町大字下宮にある新義真言宗豊山派梅花山龍蔵院は、/茨城県猿島郡古河町字横山町にある徳星寺の末寺である。ところが、内務省による/渡良瀬川の改修工事が始まり、龍蔵院の土地がその工事のために官有地として買収されることになった。/実際に買収が行われたのは明治45年(1912年)12月10日のことである。そこで龍蔵院は徳星寺と合併することになり、買収によって得た資金で/横山町の宅地(地番:5445番 一畝16歩、5446番 二畝15歩、5447番 一畝16歩、5448番 四畝8歩)および/山林七畝二十三歩を購入した。/この山林は古河の共同墓地として納められ、宅地の四ヶ所は徳星寺に納められた。/さらに残金として2106円が残り、これは永久に蓄積して/寺院の基本財産に充てられることとなった。/このことを将来の証として記しておくものである。大正3年(1914年)11月古河 岡村登 撰並書(選んで書す)
| 名前 |
龍蔵院慰霊碑 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
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