足尾銅山の歴史を感じる。
間藤水力発電所跡の特徴
足尾銅山の電力を支えた歴史的な水力発電施設跡です。
明治10年に建設されたこの場所には鉄管も残っています。
QRコードを利用したVRで過去の状況を楽しむことができます。
スマホなどでQRコード読んで、VRで当時の状況が見れるといいよね。1890年(明治23年)12月開設。足尾銅山が動力用として本格的に活用したと限定すれば日本最初のようです。説明板反対側の展望台からは、川の中に原動所レンガ基礎が残されていることを確認できます。
足尾銅山の電力を支えた水力発電施設跡現在は直径約1メートルの鉄管が残されています道路を挟んだ反対側に発電所跡の展望台がありますが、遺構はほとんど見えませんでした。
| 名前 |
間藤水力発電所跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
4.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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明治10年(1877)より足尾銅山を経営した古河市兵衛は、今までの銅山の動力源である、薪、木炭に代わるべきものとして、ドイツのジーメンス電気機械製造会社のヘルマン・ケスラー技師の勧めにより、はじめて水力発電にふみきり、明治23年(1890)12月、この地(上間藤)に原動所(水力発電所)を完成した。この水力発電所は日本初期のもので、松木川上流(現在の足尾ダム下)と深沢川から用水の取入れを行った。2.9kmの水樋はこの地の山頂の大鉄管に接続し、落水310,8mの水力によってトルビン式横水車を回転させた。400馬力の電力は、直ちに揚水機(坑内排水)、捲揚機(立坑ケージ用)坑内電車、電灯などに利用、銅山近代化を強力におしすすめる力となった。名残をとどめる直径1mの鉄管の一部が上の平がけ下にあり、原動所はこの下の渡良瀬川原にあった。