立山寺の霊木と栂の並木。
立山寺参道のとが並木の特徴
霊木とされる栂の並木が神々しい雰囲気を醸し出しています。
早朝の散歩にぴったりな、静かな参道があります。
富山県上市町の立山寺参道で心安らぐひとときを過ごせます。
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立ち寄りました。
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早朝に散歩しましたが、中々に神々しい感じでした。
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| 名前 |
立山寺参道のとが並木 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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上市町にある立山寺の参道には、今も霊木とされる栂の並木が静かに佇んでいる。伝承によれば、明治時代に寺の財政難からこの並木を伐採しようとしたところ、木こりが負傷したことで「神罰」と恐れられ、計画は中止されたとされる。実際には寺の檀徒が強く反対し、大正期に至るまで守られた記録が残る。こうした出来事は、単なる美観にとどまらず、この並木が地域の信仰と結びついた存在であったことを物語っている。この並木は「立山寺参道のとが並木」と呼ばれ、正式には富山県指定天然記念物にあたる。とが(栂)とは北陸地方でモミの木を指す在来の呼称で、仏教寺院の参道や境内によく用いられてきた。上市町眼目(さっか)地区にある曹洞宗の古刹・眼目山立山寺(がんもくざんりゅうせんじ)の表参道に、モミの大木が列をなして約100〜300mにわたり並ぶ景観は、北陸でもきわめて特異である。特に幹回りは2.9〜3.3m、高さは約20mにも及び、樹齢はおよそ400年とされている。この並木がいつ造成されたかについては、戦国時代末の天正年間に寺が戦火から再建された際、能登から苗木を取り寄せて植えたという説がある。また、江戸時代初期の寛永年間に寺の第16世住職・拗山是越(おうざんぜえつ)禅師が参道整備を進めた際に植栽されたという伝えもある。後者の時期には、立山寺から現在の上市町市街地まで約4kmにわたって列植されたとされるが、現存しているのは寺の門前に近い約100〜300mの範囲に限られる。並木の造成は寺院の格式を高める意図も含まれていたと考えられるが、その保存がこれまで続いた背景には、地域住民の強い関与がある。明治30〜40年頃には寺の改築費用を捻出するため、住職が伐採を検討したが、檀家の強い反対により実行されなかった。この時期の逸話として、伐採に入った木こりが負傷し、「神木に手を加えた罰」として語り継がれたことも、信仰と自然の関係を象徴する。「とが並木」の本数は34本とも47本とも伝わるが、いずれも整然と配置され、直線的な参道の両脇に等間隔で立っている。木々は今も良好な状態で管理されており、その景観は訪問者に強い印象を与える。また、この場所は森林浴や映画撮影の地としても利用されており、2018年公開の映画『散り椿』では撮影地の一つとして記録されている。こうした使われ方も、並木が単なる歴史遺構ではなく、現代においても文化的価値を持つことの証左である。なお、正式な文化財指定は富山県によるもので、昭和中期には天然記念物としての保護が始まっていた。その後も町による保全活動や看板整備などが進められ、現在も地域住民と行政が協働して維持管理を行っている。樹木の一本一本には番号が付され、定期的な調査と補植が行われている点も注目に値する。このように、立山寺のとが並木は、単なる植物群落ではなく、宗教・信仰・地域史が融合した文化景観である。現在は観光的な意味合いよりも、地域文化と歴史の象徴としての意味が重視されており、訪れる人にとっては信仰の時間が静かに流れる空間となっている。上市町を訪れる機会があれば、ぜひこの並木の静謐さと、400年の時を超えてなお守られ続けているその背景を体感してほしい。