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| 名前 |
天梅山 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
天梅山(てんばいやま)この山の西側を古道(地元では秀衡街道と云う)が通っていて、古代交通路(関街道、秀衡街道など)の研究文献には旧街道筋の目印として、黒羽の那須神社手前に位置する金子山と併せてたびたび登場する小高い山である。また天梅山の近くには一貫橋、五百橋など由来が平安時代後期に遡る旧地名(旧地名の字(あざ))で残っていたが最近は使われることがないようである。尚、山の北側には天梅という地区があり旧地名の字(あざ)名で年配者の間で使われている。史料によれば、ここの古道は宇都宮方面から、板戸、関俣、葛城、金枝、小郷野、大神新田、大神(福原八幡宮の裏)、小種島、鹿畑、粟野(余瀬)へと通じる道だったようである。後に至りて祖母井方面から、鴻の山、小白井、葛城、鹿子畑から分かれて船澤、大沢(上芳井)、福原へ入り新宿(あらじゅく)から金丸、余瀬にて元の街道に合するなど時の流れと共に変化している。何れにしても、東山道以外に秀衡街道、古奥州街道、鎌倉街道などと呼ばれる旧街道が地域内の意外な所に伝承されており、本来の幹線路としての道筋がはっきりしていない。喜連川丘陵地帯の起伏の間を経ながら新たな道筋が次々に開削され、おそらく中世後期には奥州へのルートがこの地域には数条あった、とみるのが妥当と思われる。