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30年前にはまだ枝葉があったと思います。切り株断面を見ると径は1m未満50cm以上の感じですので期待を込めて百年以上は生きた株と思いますが中が空洞になっており倒木の危険性から処置に至ったと思われます。ここは国道旧4号線、日本橋を起点とした日光街道の一部とも称される道のそばであり、また当該エリアは通宿との地名があることから江戸と日光を結ぶ通りであったのは想像しやすい。現代ではビルや建物が多いが、江戸時代ではこの木が間々田あたりからでも見えたのかもしれない、かの昔の多くの旅人往来者がこの木を便りに歩いて来たかも、と思うと胸が熱くなる。以下ネット引用:鎌倉時代には北関東の有力な武士団として活躍した小山氏の本拠地となり鎌倉に通じる奥大道による陸の交通と、河川を利用した水の交通によって繁栄した小山は、江戸時代には日光街道の宿場町として、周辺地域からの物資が行き来する交通の要衝へと発展しました。