歴史感じる普寛教会の魅力。
普寛神社の特徴
歴史を感じさせる美しい神社で、まるでお寺のような作りです。
明治時代初期に創始された普寛講の存在が特徴的です。
夜の雰囲気は幽霊が出そうで、神秘的な体験ができます。
2023.12.20参拝Googleマップの皆さんのクチコミを見て興味を持ったので行ってみました。なるほど、どおんとお出迎えは明治期と思われる立派なランプ灯。石には「神習教分教会」「普寛教会本部」、鳥居には「普寛神宮」の文字が踊る。中に入れば立派な立派なお寺のような建物。ちょうど障子を張り替えるのか板が干してありました。拝殿の中には「大神祇」の文字がでええんと。大変重厚で威圧感のある作りが興味深かったです。周囲にまだ雑木林があり、里山の風情で美しい場所でした。木があるから神様もいるんだと思えます。面白い場所でした!
松浦利平(1841~没年不詳)によって開かれた「普寛講(ふかんこう)」もしくは「普寛教会」の本部施設のようです。マップには普寛神社と記載されていますが普寛神宮が正しいのかもしれません。江戸時代後期、僧侶である覚明(かくめい)と普寛(ふかん)が山岳修験の場であった木曽御嶽山を開放し、「御嶽講」「御嶽信仰」が形成され一般大衆へと広まっていきました。その御嶽講・御嶽信仰をベースに、松浦利平により独自の教義・加持祈祷を行ったのが「普寛講」です。木食普寛(もくじきふかん)を名乗り多くの信者を集めた松浦は、故郷である百村に普寛神宮を構えました。教派神道(神道十三派)の1つである神習教(しんしゅうきょう)の傘下にあるようで、柵に掲示されている奉祭神が同一である事からも、それが推し量れます。拝殿の裏手に隣接した区画には、普寛教会二代目教主である「神垣道入彦命」の奥津城(神道のお墓)があります。
ニ礼四拍手一拝 だそうです。隣に、別の鳥居あり。
夜は明かりがなく幽霊が出そうな雰囲気。
今一よく分からない神社‼️
背後は高い崖の樹林で、せいぜい小型自動車ぐらいしか通れない細い道に面している、いつおとずれても無人だが、障子紙が白く綺麗なのが印象的。自然に溶け込んだような小さい神社でその由緒判らないが散策の途中なんとなく立ち寄ってみたくなる。
普寛教会と言う。現代でいう新興宗教の団体。普寛講(ふかんこう)とは、東京都稲城市にある明治時代初期に創始された御嶽講の団体。開祖は修験者の松浦利平。現在もここ、東京都稲城市百村201に本部として存在する。鳥居の先、左奥に●青面金剛像庚申塔 唐破風笠付角柱型 日月 邪鬼 三猿 ショケラ 右側 「嘉永元戊申年十一月」(1848)左側 「多摩郡百村」 の刻あり●青面金剛像庚申塔 舟形光背型 日月 三猿正面 「奉造立」右側 「庚申待供養二世安樂祈□」左側 「元禄十一戊寅十一月吉日」(1698)「武刕多摩郡百村同行六人」 の刻あり。
| 名前 |
普寛神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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歴史が感じる神社さんでしたまるでお寺の様な作りです皆さん行ってみて下さい。