天保十年の灯籠が宿る趣のある場所。
飯盛女の献燈籠の特徴
天保十年に奉納された献灯籠が近くにある、歴史的な場所です。
下戸倉宿の文化を感じられる趣深い雰囲気が魅力的です。
飯盛女52名の物語が息づく、特別な歴史を体験できるスポットです。
天保十年(1839年)、下戸倉宿の飯盛女52名が旅籠屋主人らとともに奉納した献灯籠。台石に名前が刻まれているので見てみてください。飯盛女という苦しい立場・生活であり、それぞれの様々な願いや強い思いが込められていると推測します。市の有形文化財に指定されています。
趣のある場所です。
| 名前 |
飯盛女の献燈籠 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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興味深いものに、境内稲荷社の前に、天保十年(1839)ここ下戸倉宿の飯盛女52名が奉納した石灯籠一基が残り、台石にはその名が刻まれてる。「1718(享保3)宿駅の飯盛女は1軒2人に限る。1757(宝暦7)このころ、下戸倉宿に飯盛女公認され、宿屋35軒飯盛女17人あり。1850(嘉永3)下戸倉宿の飯盛女57名あり、風紀に関する13ヶ条の誓約書に、職名を列記し爪印を押す。このころ、飯盛女の一晩の茶代600文であった(ますがた茶屋の売上控)1871(明治4)下戸倉宿に、旅篭屋渡世28軒、飯盛女181人あり(下戸倉宿旅篭屋起立調)1872(明治5)人身売買禁ぜられ、下戸倉宿の飯盛女も解放される」(『年表戸倉町の今昔』戸倉町教育委員会、1974)。