医光山薬王寺で心ほっこり。
真言宗 薬王寺の特徴
東神奈川駅から徒歩でアクセス可能な、便利な立地のお寺です。
境内中央に鎮座する銀杏の木が、歴史の重みを感じさせる美しさがあります。
清掃が行き届いた静かな庭園で、お参りを心から楽しむことができます。
本堂の彫刻と寄進された五重塔が見所である。普段は静寂そのものであるが、12年に一度の寅年に本尊が開帳される時は賑わいが幾分かあるようだ。
2025年1月1日訪問:お正月だと言うことなのか、境内には私以外は無人でした。閑静なお寺に、こぢんまりとした、作りの建物、仏塔がありました。以下は、横浜市の寺社ガイド「猫のあしあと」よりの転載です。「医光山薬王寺。武南十二薬師如来霊場、東国八十八ヵ所霊場薬王寺の概要高野山真言宗寺院の薬王寺は、医光山と号します。薬王寺は、權大僧都圓海が天安2年(858)年に開基したといいます。武南十二薬師如来霊場9番、東国八十八ヵ所霊場17番です。」「薬王寺は、權大僧都圓海が天安2年(858)年に開基したといいます。」・新編武蔵風土記稿による薬王寺の縁起「(東子安村西子安村新宿村)薬王寺海道にあり、往還より四十間余引いる、古義真言宗同郡鳥山村三會寺の末医光山と稱す、客殿七間に六間、本尊は薬師長三尺許坐像なり、開山開基詳ならず、前住の名の傳ふるものにては、覚僧と云僧これ正保四年十一月廿五日寂せりと、是より前の世代は知れず、その余の事蹟も又詳ならず。(新編武蔵風土記稿より)」・「神奈川区史」による薬王寺の縁起「『新編武蔵風土記稿』には「本尊ハ薬師三尺許坐像ナリ、開山開基詳ナラズ、前住ノ名ノ伝ワルモノニテハ、覚僧ト云僧コレ正保四年十一月廿五日寂セリト、是ヨリ前ノ世代ハ知レズ、ソノ余ノ事蹟モ又詳ナラズ」とある。大正一二年九月一日の大震災に堂宇倒壊。(「神奈川区史」より)」・「横浜市史稿」による薬王寺の縁起「藥王寺位置及寺格藥王寺は、醫光山と號し、神奈川區子安町字七島二百九十一番地にある。境内は二百九十四坪。鳥山の三會寺の末寺で、寺格は十三等である。沿革新編武藏風土記稿に、「開山・開基詳ナラズ。前住ノ名ノ傳フルモノニテハ、覺僧ト云僧、コレ正保四年十一月廿五日寂セリト。是ヨリ前ノ世代ハ知レズ。ソノ餘ノ事蹟モ又、詳ナラズ。」とあるが、今の明細帳には、天安二丙寅年八月五日、權大僧都圓海の開基とある。大正十二年九月一日の大震災に、本掌・庫裡其他を倒潰したが、翌十三年七月十日に、これが復興を遂げた。本尊本尊は藥師如來の坐像、高二尺。脇立は十二神將の立像である。(「横浜市史稿」より)」
東神奈川駅を過ぎ、七島信号を左に沿って20メートル程左に駐車スペースがあり、三門を抜ければ境内で真言宗らしく華美なしつらえなどはなく、境内中央に鎮座している銀杏の木が歴史を見てきたかのような趣がかんじられる。丁度境内の植木屋さんらしき職人さんが丁寧にイチョウをデザイン的に集めていた。水場、桶、柄杓は借用可能だかお墓参りの仏花とお線香は持参をお勧めする。眠る方々仏様が喧騒に煩わされない地味で華美なことがなく、おまもりや不思議グッズなどは、まだ見当たらなかった.祈りの寺らしく静寂であった。
綺麗で御世話になってます⤴️😉
清掃もしっかりされており心を込めお参りが出来るお寺です。
こじんまりとしているが、由緒あるお寺です春には桜もさき、合同でお坊さんも沢山きてやります。
いつも時間が有る時は伺います。
本日初めて参拝しました。12年に一度のご開帳との事で、ご縁を頂きました。併せて御朱印も拝受致しました。大変丁寧な対応に感謝致します。有難うございました。
落ち着いた庭園のお寺で心もほっこりしました。
| 名前 |
真言宗 薬王寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
045-434-3241 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 9:00~17:00 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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医光山薬王寺といい高野山真言宗のお寺になります。御本尊は薬師如来坐像になり像高が二尺あり脇に十二神将の立像を祀っています。薬王寺の開山や開基はともに不詳ですが権大僧都圓海が天安二年(858年)に開基したと伝わります。その後大正十二年(1927年)に関東大震災により本堂などが倒壊しましたが復興しています。薬王寺の境内には平成十六年(2004年)に清水勇一氏から寄進された小さな五重塔が建っています。