春日山城からの圧巻の眺望!
春日山城跡の特徴
上杉謙信公が築城した春日山城跡は、歴史ファンにぴったりのスポットです。
標高180mからの圧巻の眺望が、訪れる人々を魅了します。
トレッキングに最適なルートで、自然と歴史に触れられる魅力があります。
春日山神社の脇からヒトの流れにつられ、それほど深く考えずに何となく歩き始めると、本丸まで行き着かなければ恥ずかしくて引き返せない状況に····。思ったよりも結構遠く、思いがけずプチ登山を経験する運びとなりました。それでもひとたび本丸に辿り着けば気分はやっぱり超爽快。日本海から直江津・高田まで、上越市の二大市街地を一望できる眺めは超絶景です。それにしても山城はキツイ。でもこれだけの眺望なら自軍敵軍の動きは手に取る様に分かるわなぁ。プチブームでもある山城というものをめでたく堪能。束の間の武将気分を楽しめました。
山城だけあって土手はかなり急勾配でした。一度行ってみたいと思っていたのでこの三連休に来ました。ほとんどが跡なので当時の建物を想像するしかありませんが素晴らしいものだったと思います。また、城下から見下ろす街並みと終盤では有りましたか紅葉が綺麗でした。雨上がりで足元はあまり良くありませんでしたが行って良かったと思います。ただ、一周するのに、約50分ほどかかりました。
春日山城(かすがやまじょう)は、日本の戦国時代において、最も有名な山城の一つです。現在の新潟県上越市に位置し、戦国時代の名将、上杉謙信の居城として特に知られています。そのため、「難攻不落の天下の名城」と讃えられました。春日山城がいつ築城されたかは定かではありませんが、南北朝時代(約600年前)にはすでに存在していたと考えられています。長尾氏と上杉謙信の時代* 当初は長尾氏(上杉謙信の実家)によって支配されていました。* 1548年、後の上杉謙信である長尾景虎(ながお かげとら)が家督を継いで入城し、この城を拠点として越後国(現在の新潟県)の大部分を統一しました。* 謙信の時代に大規模な拡張と改修が行われ、堅固な要塞となりました。複雑な自然の地形と土の防御施設(空堀や土塁など)を巧みに利用しており、石垣はほとんどありません。御館の乱と上杉景勝の時代* 1578年に謙信が急死した後、二人の養子、上杉景勝と上杉景虎の間で家督争いである御館の乱(おたてのらん)が起こりました。* 最終的に景勝が勝利し、城主となりました。廃城へ* 1598年、景勝は豊臣秀吉の命により会津(現在の福島県の一部)へ移封となり、春日山城は堀秀治(ほり ひではる)の支配下に入りました。* 秀治は春日山城が領国経営に不便だと考え、近くに福島城を新たに築城することを決定しました。* 1607年に堀氏が福島城へ移ったことにより、春日山城は完全に廃城となり、建物は取り壊されました。現在当時の建物はほとんど残っていませんが、空堀や土塁、曲輪(くるわ)といった中世山城の遺構がよく保存されており、戦国時代の築城技術を知る上で貴重な史跡となっています。現在、春日山城跡は国の指定史跡であり、日本百名城の一つにも数えられています。
☆春日山城(日本5大山城)(上越市):日本百名城:32戦国時代第一の要害。為景、朝景、影虎(上杉謙信(生涯70戦68勝))、景勝ら上杉家4代の本拠地春日神社にお参りし、その後春日山城を制覇するルート山がそのままお城であり、謙信の魂の残る山だと思うと本当に素敵です!空気が澄んでて私の心も浄化されました。・春日山神社(春日神社石碑は東郷平八郎書)・上杉謙信銅像・上杉景虎(三郎)屋敷 三の丸:北条氏康の7男で人質かつ養子で御館の乱で敗れる・本丸・毘沙門堂 :闘神である毘沙門天を崇拝し、自らを「毘沙門天の生まれ変わり」と称していた。特に「刀八毘沙門天」(とばつびしゃもんてん)を崇拝。
以前来たときは、春日山神社までしか来なかったので、今回は頑張って春日山城本丸まで行きました。神社の右脇道を上っていきました。千貫門、直江屋敷、お花畑、毘沙門堂護摩堂、そして本丸、天守台へ。春日山城は石垣がなく、自然の地形と土木工事で山に砦を築いた戦国時代の特徴を表した城だと言われてます😃当時、関東、信濃北陸の往来が一望出来たといわれる眺望を楽しみながら登ると、また楽しいかな🎵
越後の龍 上杉謙信公の居城跡で日本100名城であり日本五大山城の一つです。自分の住んでいるところからは遠いところなのでなかなか来れるところではなかったのですが、ようやく来ることが出来ました。春日山駅より徒歩で登城しました。なかなか険阻でしたが登り甲斐がありました。登城時は雨が降っていましたが、緑が一層映えて美しく、入り口に立って出迎えてくれる上杉謙信公の像も勇ましく見えました。春日山全体が、城郭化していたので、巨大な城郭であったことが、伺い知れました。直江屋敷、柿崎屋敷等の重臣の屋敷跡や 上杉謙信の御遺体が祀られていた毘沙門堂も見れた時は感激しました。本丸跡からの外界の景色も美しかったです。本当に来れてよかったと思いました。
春日山神社から本丸跡への左回りは途中まで舗装されて歩きやすい女坂、右回りは階段が続く男坂的な感じです。本丸跡からは日本海まで一望でき春日山城の規模な雄大が実感できます。上記ルートは、春日山城の魅力の半分程です。ちなみに謙信像前の駐車場は、不自由な方が優先です。健康的な方々は春日山神社前の駐車場を利用して階段から本丸を目指しましょう!
言わずと知れた謙信公の居城。駅から歩いていき、さらにしっかりと登山。9月の終わりころのまだ暑い盛りだったので、汗だくだくになった。しかし、その苦労を吹き飛ばす素晴らしい山城で、規模の大きな堀切や井戸曲輪、主郭跡など次々と目を楽しませてくれる。帰りに山麓の資料館で御屋形様から「ご苦労で御座ったな」と労われ大満足の訪城となりました。
あの上杉謙信の居城だった春日山城を、やはり一度は自分の目で見てみたくなり、「まぁ雪ももう解けてるだろう」という甘いヨミで、3月末に訪れてみました。足軽の気分になって登ってみましたが、この城を攻めて生きて帰れるイメージはありません。戦国時代、この城にどの程度の戦闘があったのかは知らないのですが、御館の乱の序盤で景勝が三の丸の景虎を攻めたとのこと。「こんな至近距離で戦ったの?」という驚きと「上を取ったほうが強い」という定石を実感できました。山城が不要になった江戸最初期には廃城になり、当時を感じられるのは地形と眺望くらいしか残ってないのでしょうが、個人的には「ここからこんな景色を見ていたのかな?」と思いを馳せることができて満足でした。当初、春日山神社下の駐車場から、三の丸の下あたりまでは雪の気配もなく「これはいけるかも」と思ったのですが…三の丸・米蔵から本丸にかけては想像以上の残雪。正直、途中で引き返そうか悩むレベルで、本丸は諦め(子どもたちだけ行かせて)、軽く休憩してました。例年通りなのか、直前の寒波の影響なのかは分かりませんが、踏み固められた雪道からちょっとコースアウトすると、片足がズボッと雪に埋まるほど。しかも、この日は陽気に恵まれ、少し動けば半袖でもいいくらいの気温。雪解け水が溜まり、足元はぬかるみトラップに…普通のスニーカーでは、なかなかの試練でした。逆に、休憩所から毘沙門堂や直江屋敷のあるエリアは残雪も少なめで比較的歩きやすかったです。
| 名前 |
春日山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
025-545-9269 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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上杉謙信公居城で有名な百名城跡難攻不落の城の由縁が分かります入口🅿️〜本丸迄健脚な方で約15分程のハイキングになります(^_^;)毘沙門堂経由往復40分以上覚悟です🅿️横に売店もあります。謙信公を慕う方が全国から訪れる聖地です😊